生まれ変わってまた明日
私は小学生だけど、前世の事は覚えている。
そして今日、前世から恋をしていたお相手を発見したのだ。
何故、前世から恋い慕っていた相手が分かると問われても困るが、分かってしまうのだから仕方ないじゃない。
そこまではいいんだけど、あいつは駅の裏手でホームレスをしていた。
キオクスで肉まんをふたつ買う。
「こんばんは」
私は肉まんをひとつあげて、隣にダンボールを敷き肉まんを食べた。
……
年季の入ったホームレスの匂いって、病院の匂いから清潔さを抜いた匂いがするのね。
黙って肉まんを食べ終わる。
そろそろ母親が迎えに来る時間だった。
昭和の女子児童なので、親のお出迎えに従うしかない。
「送っていく。ここは女の子がくるところじゃない」
「ありがと。また来るわね」
翌日、前世からの相手は自殺していた。
そういえばあいつ、私と会うたび、自殺してやがるんだった!
これで何回目だよ!
年齢差に絶望したってわけじゃない。
だって前回は日本橋のエレベーターガールと商社のサラリーマンだった。年齢差も程よくて、エレベーターガールだった私は寿退社の文字を脳裏に描いたものだ。
でも、そんときも自殺してんだよな。
その前は大正で、ご奉公に上がったお屋敷の女中と書生だった。
同い年で、一緒に働けるってわくわくした翌日に自殺した。
その前は明治。私は華族令嬢で、あいつは帝国ホテルの従業員だった。
そん時は二度と会えなかったけど、ひょっとしてこっそり自殺してる……?
よし、次に生まれ変わったら初手で聞くぞ。
覚えていられるか不安だけどね。
次の再会は、なんと生まれ変わる前。
一度の生涯で、二度も巡り会ったのは初めてだった。
平成元年に建てられた総合病院を舞台に、私は研修医として、あいつは入院してる小学生として再会した。
こいつ、今回の人生で指定難病になっていた。難儀だな。
彼は自販機近くのベンチで、ひとり座っていた。親御さんがいない今がチャンスか。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「なにか飲む? あとどうして私と再会するたび、自殺するの?」
初手で問う。
これで前世の記憶が戻ってなかったら私は完全に不審者だけど、幸いなことに彼も記憶は残っていたみたいだった。
慌ても騒ぎもしない。
だけど返事もない。
コーヒーが自販機から落ちる音が、やけに大きく響く。
「ひょっとして自殺する前日にしか会えない運命だとか? でも明暦の時は振袖火事から助けてくれた結果よね。元禄の時は私を吉原から身請けして、しばらくしてから自殺してるわよね」
江戸時代の記憶も引っ張り出す。
「そういや寛永の時、辻斬りされそうになったの庇ってくれたけど、すごい奇蹟的なタイミングだったわよね。あれどっかで隠れて見てたの?」
「………」
「あ、やっぱり私の事、こっそり観察してたとか?」
「……きみは前世の記憶がないと思っていた」
小学生とは思えない大人びた声と口調だった。
「いや、あるわよ。なんで記憶が無いと思ったのよ」
「俺に優しくするからだ」
「……意味がわからないけど?」
記憶があるから、優しくしたんだけどな。
そもそも前世の記憶が無かったら、なんで女子児童が肉まんをホームレスにあげるのよ。おかしいでしょ。
「最初を忘れたか?」
「忘れてないわよ、延暦よね。私は地方豪族の末娘で、采女になるはずだったわ。あなたは父の窺見だった」
延暦。
平成から見れば、奈良時代と平安時代の境目だわ。
何故か彼は黙っている。
「まさかそれより前世ってあった? 私、そこからの記憶しかないわよ」
「いや、そこが最初でいい」
「そうよね。びっくりさせないでよ」
私が笑っていると、彼ときたらますます表情を凍らせていった。
「俺はきみの父を裏切った」
「ええ」
「俺はきみを殺した」
「そうよね」
相槌を打った私に、彼はぎょっとする。
「覚えているのか?」
「覚えているけど?」
あっさり返すと、彼は黙り込んだ。何故かしら?
まさか覚えていないと疑われているのかしら?
「満月が綺麗な秋の夜に、太刀で切り伏せられたのよね。今から思えばあれは出血性ショックね。急激な血圧低下」
いちばん古い時代の記憶。
私が彼に切り殺された記憶だ。
奈良時代の思い出話を語っていると、遠くから救急車のサイレンが響いている。それから自動車の音。延暦と平成が混ざって、不思議な気分になってくる。
缶コーヒーを飲む。
コーヒーは明治時代からのお気に入りだ。いや、明治のときは何じゃこれって思ったんだけど、そのうち舌に馴染むようになったんだよ。
「あなたこそどうして謀反なんて起こしたのよ」
「……」
「忘れたの?」
「違う!」
彼は叫んでから、拳を握った。
「……きみが……采女になることに耐えきれなかったからだ」
采女ってのは天皇への献上品。
地方豪族の血縁者から、容姿端麗の少女が選ばれて、天皇しか手を触れてはならない存在になる。
とはいえ妻ではない。所詮は地方豪族の出身だから、配膳をする官人に過ぎない。子をお産みまいらせたところで宣下賜れるわけでもなく、妃腹の親王と比べられたら低くみられるのよね。
「だから郡司を裏切り、きみを殺した。きみなら大君からの寵愛も、宮廷での華やかな生活も、間違いなく得るだろう。それが許せなかった」
言葉を吐くたびに、握りしめた拳の関節が白くなっていく。
「恨んでいるだろう。きみからすべてを奪った俺を……だから、きみが前世を思い出す前に、俺は死ぬことにした。それだけだ」
「恨んでないんだけど」
「何故! 俺はきみを殺したんだぞ」
「だって私、あなたのこと好きだったのよ。謀反起こす前から」
私の告白に、彼ときたら呆気に取られていた。
瞳は真ん丸になっている。
子供の姿でも、瞳の色合いは変わらないのね。明るいのに濃い褐色の瞳。コーヒーの色だわ。
「あなたの眼差しで、あなたも私のこと好きだって分かったわ。殺したのはきっと来世で結ばれるためだって思ってたのよ」
もしかして私を殺してしまった事を思い悩んでいたのかしら。
なんて繊細なひと。
昔から変わらないわ。
「ああ。そういえば、私から好きって言ってないのよね。一度も。私ってお馬鹿さんだったわね」
言ってなかった。
昭和でも大正でも明治でも、元禄でも明暦でも寛永でも、文禄でも応仁でも文安でも、呆れるほど出会いを繰り返したのに、私ったら大事なことを伝えてないなんて。
彼を見つめる。
目合ひだ。
「好きよ、千と二百年前からずっとあなただけを慕っていたわ」
千と二百年ずっと恋をして、平成で初めて告白した。
それから間もなく彼は逝ってしまったけど、自殺じゃなかった。
頑張って余生を楽しむかって決意したってのに、私ときたら数年後、くも膜下出血で死んだ。
令和の時代は、久しぶりに疫病が流行っていた。
手洗い徹底してる空気に、なんとなく明治の宮中を思い出したりした。
明治で勅任女官やってた頃は、浄・不浄が徹底してて、靴下触っても手洗いしてたもの。足で跨いだもののアウトだったわね。
石鹸と流水で洗うのが基本だけど、とりあえずアルコール消毒すればいいって空気は楽。
ぷしゅっと足プッシュで、アルコール消毒。
コンビニに入る。
「肉まん下さい」
店員に微笑みかける。
彼はコンビニで『研修中』の腕章をつけてる高校生バイトで、私は塾帰りの中学生だった。
ちょうど最初の時の年齢差ね。
それに外見も出会った時に似てる。
懐かしくて笑えてきちゃう。
「好きです。付き合ってください。自殺しないでね」
スマホ決済しなから、延暦時代から好きだった相手に告白する。
令和でやっと恋が始まりそうだった。