地下鉄わらし
毎度バカバカしい噺をひとつ。
これが、世にいうソーシャルディスタンスというものなのでしょうか。こちらからグルッと見渡してみますと、皆さん一席ずつ空けてお掛けになっているのが、よく分かります。
二階席や立ち見がまったく居ないことを考えますと、普段の三分の一くらいでしょうかね。
このあとも兄弟子や師匠が登場しますが、今日のお客さんには、いつもより三倍は大きな声で笑ったり泣いたりしていただきたいところでございます。なんてね。
さて。ここまで弟弟子による滑稽噺が続きましたので、ここいらでひとつ、怪談でも挟みましょうか。
怪談と申しましても、牡丹灯籠や番町皿屋敷のような重厚長大な落語を一席やってしまいますと、のちほど楽屋で大目玉を食らいますので、短い体験談をいたしましょう。
私事ですが、高校時代に落研で共に芸を磨いていた親友がおりまして、卒業後に地下鉄の駅員になったというチョイと変わり者でございます。
これは、そんな彼女から聞いた奇妙なお話。
地下鉄は何処から入れたのか? 昭和の夫婦漫才師の決まり文句ではありませんが、地下鉄には地上を走る路線とは違う特徴がございます。
例を一つだけ挙げましょう。線路の上を見ると分かることですが、古くに開業した地下鉄ですと、天井付近に架線が無い場合があります。しかし、それでも列車は、石油でもなく石炭でもなく、電気で動いております。
では、どこから電気を集めているのか? 答えは、二本の線路の横にもう一本敷かれております、第三軌条と呼ばれる特殊なレールからでございます。
このレール、ちょいと想像力を働かせれば分かりますが、構造上、分岐点には設置することが出来ません。
みなさんは、こうした経験はございませんか?
地下鉄に乗っている時、もうすぐ駅に着くという段階で、フッと一瞬だけ車内の電気が消えたということが。あ、大きく頷いてらっしゃる。
実は、この現象は専門用語で瞬間消灯というそうで、列車が分岐点を通過する際、一時的に電気の供給がストップすることで起こる現象なんですね。
ただ、最近では蓄電池の性能が向上いたしましたので、たとえ第三軌条からの給電が途切れても、すぐに車内の電気が消えるということは無くなったそうでございます。さっき頷いたかたは、昭和生まれという動かぬ証拠になりかねませんので、お子さんやお孫さんとお話しになる際は、お気を付けくださいな。
オッと。話が脱線してしまいましたので、ぼちぼち同級生の体験談に移りましょう。
どこの何線かと言ってしまうと、彼女の素性が明らかになってしまうので伏せますが、その地下鉄線には、日頃は駅係員や乗務員しか利用していない駅がございます。
もったいない気もしますが、実は、その駅は全線開通前の部分開業時に仮初の終点として作られた古い駅舎でして、改札口は有人時代のままですし、ホームには転落防止柵どころか点字ブロックすら無いものですから、とても普段使い出来ないという事情があるのです。
しかし、地下鉄線が走るのは都市部の一等地ですから、立地の良さを生かして何とか利用できないかと考えたくなるもの。始発前と終電後の列車を留置させるだけでは、せっかくのレトロな駅舎が可哀想な気がいたします。
とはいえ、安全上の理由から、お客さんを乗せた電車を入線させる訳にもいきません。
部分開業から何十年も経っている駅舎は、堅牢な構造をしているものの、天井は低く、どこか仄暗い印象は否めません。
逆に改札側からお客さんを入れたとしても、不気味で不安な感じを与えてしまいます。
八方塞がりかと思っていた時に、仮駅の存在を知った近隣の某大学から、とある企画を持ちかけられました。
持ちかけたのはミステリー研究会の学生さんたちで、夏休みに新感覚ホラーゲームの舞台として使いたいとのこと。
ゲーム内容をざっくり紹介しますと、改札で受け取った指令をもとに、軽い恐怖も感じつつ、謎を解き進め、指令をクリアして再び改札に戻ってくるというものでございます。
なにせ前例の無いことですので、企画が通過して準備を整えるまでには困難を極めました。
ですが、挑戦者が線路に落下しないように配慮することや、実施時間帯を列車が入線しない昼間に限定することなど、学生側と駅員側で幾度とない協議や様々な調整がなされた末、なんとか八月のお盆休みの開催に漕ぎ着けました。
三日間にわたる企画は、事前に懸念していた事案が発生することも、予期せぬアクシデントやトラブルが起こることも無く、協賛企画自体は、まずまずの成功をおさめました。
改札で、駅員が切符を拝見する要領で事前に購入したチケットにハサミを入れたり、酔っ払いに扮した学生がベンチに蹲り、指令に従って挑戦者が声を掛けると、ガバッと飛び起きて襲い掛かるフリをしたりと、なかなか凝ったつくりをしておりました。
大盛況とまではいかないものの、普段は立ち入ることが出来ない駅へ入れるとあって、地元の家族連れや鉄道ファンで賑わい、次回に期待する声が多く寄せられました。
ただ、指令をクリアした参加者から集められたアンケートに、不可解な点が一つございました。
「いやぁ、この前はウチの部員たちがお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ、学生さんたちの若いアイデアが良い刺激になりました」
「そうですか。ところで、送られてきたアンケートについてなんですけど」
「はいはい。今、私の方でも読んでいる最中です」
「それは、ちょうど良かった。実は、最後の自由記述欄でね、一つ、気になるところがあるんですよ」
「と言いますと?」
「アンケートによると、柱の陰から飛び出してくるおかっぱの女の子の幽霊がリアルだった、というような内容の感想が多いんですけどね」
「自由記述欄ですか。……あぁ、ホントですね。不意打ちされて驚いた、質感が本物のお化けそっくりだった、微笑みが気味悪かった、などと書かれてます。これが、何か問題でしょうか?」
「それがね。そんな名演技をした女の子役をやったのは誰か気になって、学生たちに聞いたんだけど、誰もそんな役をやってないと言うし、それどころか、そんな仕掛けを施した覚えは無いとまで言うんですよ。おかしいでしょう?」
「それは、変ですね」
「ひょっとして、おたくの駅員さんかと思ったんですが……」
「まさか。当日は、通常業務の間を縫っての誘導や警備にテンテコマイでしたから、ふざけてる暇なんてありませんよ」
「あぁ、そうですか。ま、そうでしょうなぁ。話というのは、それだけなんです。お忙しいところ、すみません」
「いえいえ。それでは、失礼します」
この話を聞いたあと、彼女は上司に報告し、チケットを持たずに侵入した不審者がいたのではないか、悪戯にしては質が悪いということで、駅員数名で徹底的に仮駅の中を検査されたそうです。
ところが、おかっぱ少女の痕跡が発見されることはなく、また、その後に被害を受けるようなことが起きないばかりか、体験者から感謝と喜びの声が届くばかりなので、紅葉が美しくなる頃には、原因究明は打ち切られました。
とどのつまり、少女の正体は何だったのか? いやはや。この謎の真相について考えだすと、夜も眠れなくなりそうですな。
おあとがよろしいようで。




