09.国王陛下
リーシンはネケナ王女の守護者だが、それは所詮名誉職。普段は王女の使用人の一人と位置づけられるようになった。王女の相談役となることもあるが、普段は城下へのお使いに走り、時には王女の使者となり貴人を訪問する。
使者としての訪問先は数多くあるが、最も重要なのは国王陛下である。その日はネケナ王女の義母にあたる王妃殿下、の誕生パーティでの献上品についてのお伺いであった。
もっとも陛下にお伺いする前に、各所への根回しは終わっているので、これは形式的なものと言ってよいだろう。案の定陛下は気軽にお頷きになった。
『ありがとうございました、陛下。それでは失礼致します』
報告を終えたリーシンは退去しようとしたが、陛下がそれをお止めになった。
『リーシン、しばし待て』
そこで言葉を切ると、若干低い声でお尋ねになった。
『お前はソサとの諍いの話を聞いているか?』
ケーカーに来た時、つまりアランハ王妃の従者時代、陛下に謁見したことはある。しかし初めてお言葉を頂いたのは、王女の守護者となってからのことだ。王女の成長に従って、しばしば意見を求められるようになった。始めは王女のこと、例えばご様子や教育方針についてお尋ねがあった。そのうちにそれ以外のことについてついても、求められればリーシンは自分の意見を申し上げた。例えば今回のように。
『聞き及んでおります』
ソサとの国境沿いに領地を持つ貴族が、国境近くの、互いに不可侵としていた森の伐採を行ったのだ。抗議に対して何もしないでいるうちに、これがソサの宮廷にも伝わった。
『やむなきこととは聞いておりますが、連絡されなかったのは私どもの落ち度となりましょう。陛下から一筆を頂ければ、ソサの宮廷や件の貴族も落ち着くでしょう』
やむなき森林伐採の理由? 別荘を作るために勝手に行ったらしいが、もちろんこの場でそんなことは言わない。
このところケーカーが、北のアンエアに何度も出兵しているので、他の隣国も過敏になっているのだ。ともかく、こういった話をこなしているうちに、リーシンは陛下から親しくお声がけ頂けるようになったのだ。だが陛下の次の言葉には驚いた。
『ふむ、ではこの始末、お前に任せてよいか?』
この場合であれば、リーシン自身がソサに行く必要があるだろう。ここ数年は王都とその周辺にしか出たことしかないが、今回は長旅になる。リーシンはネケナ王女の不正規使用人であり、ケーカーの国民ですらない。だから命令ではないのだろうが、もちろんそれに逆らうのは難しい。
かしこまりました。リーシンはうやうやしくお辞儀をして御前から下がった。
それにしてもソサの宮廷とは懐かしい。あそこに父、叔父と訪れてから随分と時が流れた。昔世話になり、今も手紙を交わしている方々に何人お会いできるだろうか? 久しぶりの旅にリーシンの心がざわついた。成長に従い年相応の落ち着きを身に着けていらっしゃる王女殿下には、王命と言えば、ご納得頂けるだろう。リーシンはそう思った。
半年ほどでリーシンはケーカーの都に戻り、ソサと話がまとまったことを、陛下にご報告することができた。
『リーシンよくやった。もう少し二人だけで話がしたい、他の者は席を外せ』
あらかじめ言い含められていたのだろう。陛下の近習達が足早に立ち去る。
「リーシン、お前はいくつになったのか?」
人払いがされたことも、陛下のお言葉がトテッタ語に変わったことも、どちらも良くないことだとの予感がする。
「おかげさまで、今年で二十歳になりました」
「もうそれ程になるか。早いものだな」
もう人生のほぼ半分をこの国て過ごしていることになる。陛下は頷いて、話を続けた。
「お前をトテッタに戻そう、そういう話がある」
遅すぎる、それが最初に感じたことだ。なぜ今さらそんな話が出るのか?
一つ、リーシンの代わりが来る。ここでリーシンが邪魔だと思う人間はいっぱいいるだろうし、王女にコネを作りたい人間もいっぱいいる。代わりはトテッタから呼んでもよいし、もうケーカー人でも構わないだろう。
一つ、ネケナ王女を成人させ、守護者の役目自体をなくす。正直今のご年齢では早いと思うが、王族ならなんとでもなるだろう。何らかの理由をつけるのだろう。そう、何らかの理由を。
リーシンは顔色を変えず、また何も答えずにに陛下のこ様子を伺った。
「それとは別に、お前に縁談の話もある。その娘の父親がお前を気に入ったとのことでな」
リーシンがケーカーで結婚するとなると、入り婿扱いになるかもしれない。そうするとトテッタに帰るどころか、今後はケーカーに根を張ることになる。父親が、直接か間接的にかはわからないが、陛下に話ができる人物であれば、それなりの人物と考えてよいだろう。想像はつかないが、貴族か商人だと推測される。リーシンはどちらでも構わない。
この2つの話は、二者択一のようで、実はそうでもない。リーシンが慎重に言葉を選んでいるうちに陛下が言葉をお続けになった。
「その答えはまた後で聞くとして、次の話をしよう、実はネケナを廃嫡しようと考えている。お前も手を貸せ」