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07.遺言

忙しくなると書けなくなるって、本当なんですね。

驚いたことに、次にリーシンが王妃の御前に呼びだされるまで、数年の時を要した。


「リーシンと言ったわね」


王妃は以前とほぼ同じ言葉をリーシンにかけた。ただ前回、王妃は椅子に腰かけていたが、今回は病床に臥せている。顔色はやつれているが、それでもその美貌は十分に残されていた。


「どのようなご用件でございましょう」


リーシンはもうすぐ15歳になるので、そろそろ貴婦人に仕えるには差支えのある年齢だ。リーシンが王妃の傍らに侍ることは皆無に近いが、それでも建前は重要だ。本来であればそろそろ帰国の話が出ていたはずだ。


王妃はしばらく黙ったまま、これまた無言で跪くリーシンを眺めていた。しばらく続いた沈黙を破ったのはもちろん王妃の方だ。


「リーシン、あなたを娘の守護者に任じるわ。光栄に思いなさい」

「おお、このような下賤の身にそのような大任、よろしいのですか?」


あまりにも唐突な王妃の言葉に対しても、リーシンは驚いた素振りもせずに慇懃に返答した。


いずれはそのような話が出るかも、とは思っていた。トテッタの宮廷はトテッタ人を幼い王女の側近に残したいからだ。その実家の意向を王妃は無視できない。ただこんなに早いとは思わなかった。リーシンの予想以上に王妃の病状は悪いようだ。


「お前に任せるわ。死力を尽くしなさい」


守護者とは文字通り、未成年の貴人の身を守る役目を担う。実際には名前だけの名誉職に近いが、それでも普通は腕の立つ騎士が任じられる。大国の王女の守護者にリーシンのような、剣も弓もからっきしの子どもが選ばれることは無い。


ただ重要なのは守護者は母親の一存で決めることができるという点だ。それは国王でも覆すことができない。だからしばしば政治的に利用される。そう、今回のように。


「もちろんでございます。王女様の恩ために、身を粉にして尽くすことを誓います」


そのうち母国から代わりが来るだろう。そのような内心で口にした虚ろな誓いを、リーシンは王女の成人はおろか、生涯をかけて果たすことになる。



王妃に託された幼いネケナ王女は、王妃の病床から引き離され、王宮の離れにいるという。リーシンは早速、新たな主人のご尊顔を拝見することにした。王女にはこれまでお目にかかったことがないし、王妃がご存命のうちに、守護者であることを周囲に知らしめておく必要があるからだ。


「不心得者め、立ち去れ!」


王女の居室に近づくと早速悶着があった。王妃のサインの入った任命書を見せると、わざわざ王妃の病床に確認にいく始末だ。なぜこの程度の連絡も伝わっていないのか?


ようやくリーシンが居室に入ると、御年2歳のネケナ王女が椅子に座らされていた。リーシンが挨拶しても、眠そうで興味なさげな御様子だった。昼寝しているところを起こされたとのことなので、今後はお伺いする時間にも気をつけないといけない。リーシンは早々に王女のもとから退出すると、城内の使用人仲間に自分の新たな肩書を自慢してまわった。



この数年間でリーシンが築き上げた人脈は、使用人達だけでなく、宮廷内外に広く張り巡らされていた。例えばどこかで貴族と聖職者の諍いごとがあったとすると、それはたちどころにリーシンの知るところになる。


なぜなら貴族間の姻戚関係は複雑に絡み合っているし、それは高位の聖職者でもそうだ。そしてケーカーでも宮廷の使用人は大抵がどこかの貴族の子弟なのだ。口が堅い使用人であっても、親しい人物に対しては噂話をしたり、愚痴をこぼしてしまうのは仕方がないことなのだ。そしてリーシンは彼らに「適切な」助言を与えることができた。


『先々代陛下が王都にてご裁定になったことが、今回もあてはまるのではないですか?』

『街道の盗賊は王軍を持って警備にあたらせればよいではありませんか。彼らも腕の振るい時だと思うでしょう』

『この度の子爵のやりようには、王妃殿下もご懸念されていらっしゃいます』


誰にとって「適切な」助言なのか? 助言を受けた使用人にとって? それともその主人? いやいや、もちろんリーシン自身にとって適切な助言だ。



守護者になると、リーシンは幼い王女の居室に毎日のように足を運んだ。そしてそのことはすぐに王妃の耳に入ったらしい。リーシンは数日後、再度王妃の呼び出しを受けた。


「私のところには全然来ないのに、娘のところには日参しているようね?」


いつもながら王妃殿下は単刀直入だ。


「それに守護者になったことも、吹聴してまわっているとか」


仰せのとおりです。リーシンは王妃に答える。


「どちらも国王陛下に、なかったことにされない用心でございます」


守護者になったことを、城内で自慢して歩いたところ、予想以上に皆が感心したり喜んでくれたりするのでリーシンは戸惑った。その甲斐はあったようで、宮廷内外での認知が浸透している。つい先日、久しぶりにズヒンカ司祭が参内したが、リーシンと顔を合わせるやいなや、あちらから守護者の話を聞いてきた。


「それで、あの子とはうまくやれそうかしら?」


これは難しい御下問だ。城下で見つけた玩具などを、守護者権限で献上すると喜んで頂けているようだが、なにぶん幼子相手なのでよくわからない。


「微力を尽くします」


それ以上のことはリーシンには返せなかった。それがリーシンなりの王妃への誠意だった。


「そう、頼んだわよ」


その後王妃は数カ月生き永らえた。リーシンは王妃の最期の日まで、王女の様子を王妃に伝え続けた。

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