04.王女の帰還
リーシンがようやく故郷トテッタの王都にたどり着いた時、既に日は沈み、都の城門が閉ざされた後だった。リーシンは声を張り上げて、城門の上にいる兵士達に向かって叫ぶ。
「我々はテケモア子爵の一行だ。恐れ多くも王命を頂戴し、ソサ・マメムを終え王都に戻ってきた。城門を開けてくれ!」
既に顔などわからないが、馬に乗る人物、つまり貴人が2人もいることはわかるだろう。大門の脇にある通用口が開いた。リーシンは自分が丸腰であることを示すようにゆっくりと兵士に近づいた。
翌朝リーシンは叩き起こされた。野宿でも、教会の固い床の上でもない、せっかく久しぶりの自分のベッドなのに。しかし、リーシンも王宮に連れて行くと聞いて飛び起きた。晴れ着に着替え、父と叔父の参内に従う。拝命の際には王宮に同行しなかったので、"従僕見習い"以外の立場で王宮に向かうのは今回が初めてだ。
王命を果たした使節の先触れとして、堂々と王宮の廊下の真ん中を行く。さらに名誉なことに謁見の間への立ち入りまでリーシンは許された。最も発言することはできないので、リーシンは跪いたまま、父が陛下に簡単に報告するのを聞いた。
「ソサ、そしてマメム、どちらの国王陛下も、アランハ王女の再嫁には反対しない、そうおっしゃっていました」
自分の娘がどこに嫁ごうと知ったことか、という気がするが、現国王陛下は大陸諸国の和を重んじになっている。きっちり周辺国の了承を得た上で事を進めていらっしゃるのだ。
現在の国王の血を引くものは二人しかいない。一人は王太子殿下でもう一人がアランハ王女だ。大国の王女の嫁ぎ先に周辺諸国は、並々ならぬ関心を抱いていた。
実際には双方の国王からその発言を引き出すまでに、あちらの貴族たちとの細かな取引があった。またこの件に関係することよりも、関係しない数多くの交渉があったのだが、それらが陛下に報告されることはない。
リーシン自身もソサやマメムでは、何度か貴族の屋敷に招かれたことがある。リーシンの社交界デビューはなんとソサの宮廷だ。着飾った他国の貴族のお嬢様方にリーシンは目移りして困った。マメムでは光栄にも王妃様と踊るという栄誉も頂いた。リーシンはトテッタ貴族の子息として恥ずかしくない振る舞いを見せることができた、自分でもそう思っているし、父や叔父から叱責を受けることもなかった。
一方でトテッタがやはり大国であることも、リーシンは改めて知った。宮殿の大きさも、その華やかな内装、調度品、貴族はもちろん使用人たちの衣装まで、トテッタが他国より豊かであることを示していた。それだけに、国王陛下が自分の娘の再婚について、注意深く進めようとされているのがよくわかった。
翌日からリーシンはまた王宮の従僕となり、宮廷に住み込みで務めている。"見習い"が取れたのかどうかもよくわからない。長い旅から帰ってきたばかりだというのに、使用人仲間とおざなりな挨拶を交わしただけ。そして元の雑用係に戻った。
リーシンは旅の空の厳しさを忘れ、外国使節団の貴族の子弟として扱われたソサ・マメムでの栄光を、懐かしく思った。
故郷の職場では、玄関先で、客間で、ホールで、次々に用事を言い渡される。従僕も侍女も王宮の使用人達は皆忙しく、優雅さを失わない程度に駆けずり回っていた。そう、いよいよ、噂のアランハ王女がトテッタ宮殿に戻ってくるのだ。リーシン達が強行軍で帰国したのも、王女の到着より前に陛下に報告したいという父の意向があったためである。
さらに次の日、いよいよ王女様がトテッタの王宮にお戻りになったが、リーシンは荷物運びばかりしていたので、王女様のお姿を拝見していない。侍女たちの話によると、王女は黒い喪服姿で陛下に帰還の挨拶をされたのだという。王女はたった一か月足らずの間だけ故郷のトテッタ宮殿に滞在し、今度はそのままケーカーに再度嫁ぐ身となる。
子爵家の4男であるリーシン自身を考えると、結婚ができるかどうか、それがそもそも怪しい。貴族相手であれ平民相手であれ、よい婿入り先があればよいのだが、それは父の手腕と運頼みとなる。結婚もせず、実家に部屋住まいのまま、兄の仕事の手伝いを続ける。リーシンにとって十分にありうる未来だった。
だからといって、夫と死別したのにすぐに次の結婚式というのもどうなのか。それもまた極端なものだと思う。王族というのは大変なものだな、リーシンは他人事のようにそう思っていた。
そのまた次の日になって、リーシンは王宮に現れた父親に呼び出されると、アランハ王女の前に連れだされた。
次話以降、更新ペースが落ちます。