第1話 雨
森の中、切り立った崖にある洞窟に音が反響する。少女の小さな寝息は、降りしきる雨の音にかき消されて誰の耳にも届かない。
____その中、洞窟に駆け込む足音が一つ響いた。
「…っはぁ!……ふぅ…うわ、びしょ濡れ…。」
10代後半程に見える青年のようだ。雨の中を走ってきたようで切れていた息を整えると、ようやく少女に気がついた。
「…!?子ども?なんでこんな森の中に…。」
迷子か、捨て子か、それとも家出か、と思い及んでいるうちに少女が目を覚ました。
「………。」
「……おはよう…?」
無言で青年を見る少女に、ぎこちなく声を掛けてみる。返答はないが目は合っている様だから、と青年は話を進める。
「えぇ…と、俺はルトヴィク。ルトって呼んで。…君は?」
「………リオン、です。」
「リオン…いい名前だね。ところで、どうしてこんな所に?お父さんやお母さんは?」
「……いません。…死にました。」
少女は少し言い淀むそぶりを見せたあと、ぽつぽつと自分の境遇を語り始めた。
「村が…魔物に襲われて滅びました。私以外はおそらく……死にました。」
生気のない顔でリオンは淡々と告げる。
「あの時私も死ねたら良かったのに。」
小さな少女が生きることに絶望している姿に、ルトヴィクは何も言えず立ち尽くしていた。
10秒ほど間が空き、ふと我に返ったように口を開いた。
「行くあてがないなら…、俺の家にこない?俺は…君を、リオンを、死なせたくないんだ。」
「ぇ……。」
リオンは小さく声をもらして驚き、こう続けた。
「わか、り…まし、た」
明らかに困惑しているリオンに構わず、ルトヴィクは嬉しそうに話を続ける。
「ありがとう!ねぇ、お腹すいてない?空いてるよね。チーズは好き?これ食べて!はい、あーん。」
急に押しが強くなったルトヴィクに複雑そうな表情をを浮かべながら、リオンは控えめに口を開けた。
「いいこいいこ、美味しい?」
「……はい…」
少しずつチーズを齧るリオンを横目にルトヴィクはこれからのことを話し始めた。