表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eryngium  作者: Ery
4/5

4・兄妹

 光樹は、小高い丘の上の展望台にあるベンチに座っていた。この展望台からは、今日のように天気が良いと、都心の方まで一望できる。

 しばらく遠くを見つめていた光樹が腕時計に目をやったとき、後ろから足音がしてきた。光樹はそれに気付くと、ゆっくりと振り返りながら立ち上がった。

 黒いワンピースを身に纏い、黒の日傘を差しながら一歩一歩、ゆっくりと光樹に近づいてくる。真っ白な花束を抱えるその腕には、服装には似合わない、男物のずっしりとした銀色の腕時計が光っていた。

 光樹の前で止まると、ゆっくりと日傘の下から光樹の顔を見た。

 「カナ・・・」

 光樹は懐かしく愛おしい眼差しで、カナの目を見つめる。しかし、カナは黙ったまま、真っ直ぐな眼差しで光樹を見ていた。

 しばらく二人は黙ったままだったが、光樹はカナから視線を外すと、カナに歩み寄り、カナが手にしていた花束を受け取り、ゆっくりと歩き出した。


 丘の中腹に、光樹の父とカナの母が眠る墓地がある。

 7月25日、二人はここで会う約束をしていた。


 二人は墓に花を手向けると、手を合わせた。

 「オヤジ、お母さん・・・カナが帰ってきたよ。また・・・綺麗になったみたいだな。」

 光樹は墓石に向かって、そう話しかけた。カナは、じっと墓石を見つめたまま、何も話さない。

 光樹はカナの方に視線を向けると、

 「行こうか・・・」と、一言声を掛けた。

 カナは黙ってうなづくと、光樹の後に続いて歩き出した。


 「元気にしてたか?」

 光樹はゆっくり歩きながら、口を開いた。

 「・・・はい。」

 カナは真っ直ぐ前を見たまま答えた。

 「学校はどうだ?」

 「・・・ちゃんと行っています。」

 光樹は足を止め、カナを見た。

 「カナ・・・」

 カナも足を止めるが、視線を落としたまま、光樹の顔を見ようとはしなかった。光樹は一瞬何かを言おうとしたがその言葉を飲み込み、また歩き出した。

 「今日、カナの誕生日と成人式のお祝いをしたいんだ。良いだろ?」

 「・・・はい。」

 二人の間に、それ以後会話はなかった。


 その日の夜、二人を乗せた黒塗りの大きな外車は、ホテルの正面玄関に横付けされた。

 後部座席からは、背中が大きく開き、裾にフリルをあしらった、真っ白いドレスを身に纏ったカナと、黒のスーツを着た光樹が降りて来た。

 カナは肩に掛けるため、手にしていたストールを広げると、光樹がそれを手に取りカナの肩にそっと掛けた。

 

 ホテルの最上階にあるレストランに着くと、二人は個室に通された。

 個室に入るとそこには、

 「遼ちゃん!信ちゃん!」

 カナはそう声をあげてから、ハッとした顔をして口を押さえた。

 「やあ!カナちゃん!久しぶりだね。遼ちゃんって呼ばれるのは、10年振りくらいだな〜。」

 遼はニコニコと笑顔を見せながら言ってきた。

 「久しぶりだね、カナ。元気だったかい?」

 光樹の高校時代からの親友、棚橋信一も優しい笑顔で話し掛けてきた。

 「二人共、カナのお祝いに来てくれたんだよ。さあ、座ろうか。」

 カナは小さく頷くと、席に着いた。

 「カナちゃん、すっかり大人になったね!凄く綺麗になったよ!」

 遼は、久々に会うカナの顔を見ながら、いくつもの褒め言葉を並べていた。

 「遼、一人で騒ぎすぎだぞ。カナが困った顔をしてる。・・・ごめんね、カナ。遼はカナに会えるのを、凄く楽しみにしていたんだよ。」

 信一は、苦笑いをしながらカナの顔を見ている。カナは視線をテーブルに落としたまま、黙っていた。

 それぞれのグラスにワインが注がれ、

 「さあ、カナちゃんも晴れて成人だし、みんなで乾杯しようか!」

 遼はグラスを手に、みんなの顔を見回した。

 「じゃあ、カナちゃんの誕生日と成人を祝って、乾杯!」

 遼の掛け声に合わせて、4人のグラスが涼やかな音を鳴らした。


 「カナに初めて会った時、カナはいくつだったかな?」

 信一は食事の手を止め、カナを見た。

 「まだ3歳だったよ。・・・うちに来て一年位の時だったかな。」

 光樹はそう言うと、カナの方を見た。カナは静かに顔を上げると、光樹の顔を一度見た。

 「そうそう、ちっちゃくてプクプクしてて、可愛かったよな〜。」

 遼はそう言うと、

 「あ!今ももちろん可愛いよ!」と、付け足した。カナはそれを聞いて、クスッと笑って見せた。

 「光樹の家に遊びに行くと、いつもパタパタ走って来て、ニコニコしながら玄関で出迎えてくれて・・・。俺達の後を追いかけて歩く姿は、今でも覚えているよ。」

 信一はそう言うと、カナの手に自分の手を重ね、

 「・・・カナはいくつになっても、俺達の可愛い妹だよ。」と、カナを見つめて言った。

 カナは信一に切なそうな表情を見せると、

 「ありがとう・・・」と、一言囁くように言った。

 「大学はどうだい?楽しいかい?」と、遼がカナに聞いてきた。

 カナは一瞬迷ったが、口元にほんの少しの笑みを浮かべ、

 「うん・・・楽しいよ。友達も出来たし、毎日が充実してる。」と、答えた。

 信一はそっと手を離しながら、

 「何を専攻しているんだい?」

 「・・・英語を。」

 カナは濁すように答えた。

 「そっか、カナちゃんは小さい頃から英語が得意だったもんね。将来は、通訳とか?それとも、外交官とかも良いんじゃなかな?カナちゃんなら、ぴったりだよ!」

 遼はニコニコしながら、カナの顔を見ていた。カナは視線を落としながら、ワインを一口飲んだ。

 「遼、カナにも色々考えてることがあるんだから、お前が先走ったらカナは困るだろ?」

 信一は苦笑いをしながら、遼の顔を見た。

 「あはは、そうだな。ごめんね、カナちゃん。」

 光樹は、3人のやり取りを黙って聞いていた。

 「カナが羨ましいよ。」

 信一が、グラスを片手にボソッと言った。カナは、ちょっと驚いた顔をしながら、信一を見た。

 信一はカナの顔を見ながら、話を続けた。

 「カナは自分のこれからを、自分で決めることが出来る。迷うこともあると思うし、立ち止まったり振り返ったりすることもある。でも・・・俺達には、道は一本しかなかったんだ。」

 カナはゆっくりと光樹の顔を見た。

 「決められた道を歩くことは、他人からすれば楽なのかもしれない。でも、その道しかないないということは、その時点で夢を持てないって事でもあるんだ。」

 カナは視線を落とし、じっと信一の話を聞いていた。

 「親の跡を継ぐことは、決して悪いことではないよ。その中で、自分なりの夢を持っていけば良い訳だし。・・・でも、時々思うんだ。他の道に進んでいたら、自分の人生はどんな風になっていたんだろうな・・・ってね。」

 カナは考えたこともなかった。

 光樹も遼も、そして信一も父の跡継ぎとして、ここまで来た。大きな会社だからこそかかるプレッシャーも計り知れないだろう。

 それでも3人は、ひたすら勉強をして、親の名に恥じないような人間になろうと、努力してきた。

 その中で、それぞれ将来の夢があったのかもしれない。

 しかし、それを捨ててでも決められた道を歩んでいるのは、自分の定めだと自分に言い聞かせてきたからだろう。

 「後悔はしていないよ。でもやっぱり、隣の芝生は眩しく見える時もあるんだ。・・・欲張りなのかもしれないけどね。」

 信一は切なそうな顔をしながらも、口元に笑みを浮かべた。

 「だから、カナには沢山悩んで、沢山道に迷いながら、自分に合った道を見つけて欲しい。・・・間違っても、遼のお嫁さんだけにはなるなよ。」

 「なんでだよ!」

 ふてくされる遼に、信一は意地悪そうな顔をして見せた。


 4人は食事を終え、レストランを出た。

 「バーでちょっと飲んでいこうか?」

 遼がそう言うと、信一が

 「先に行っててくれないか。ちょっとカナと二人っきりで話がしたいんだ。」と言って、カナの手を取った。

 「分かったよ。早く来いよ!」

 そう言って、遼と光樹はバーに向かった。

 信一は二人を見送ると、レストランの脇にいくつか並べてあるソファーに向かった。


 カナをソファーに座らせると、自分も隣に座りカナの方に体を向けた。

 目の前は一面ガラス張りになっており、都心の夜景が一望できる。ビルの間から突き抜けるようにたたずむタワーの赤い色が、カナの目にはどこか悲しげに映った。

 カナはこの夜景が、嫌いだった。

 どんなに光り輝いていても、淋しさだけがこみ上げてくる。暖かみのない輝きは、何年経っても、変わらなかった。

 「カナ」

 信一が口を開いた。カナはガラス張りの向こうを、じっと見つめていた。

 「カナ、本当に大学は楽しいのかい?」

 その言葉を聞いて、カナは視線を落とした。子どものころからそうだった。信一は、いつもカナの心を見抜いている。光樹や遼には通じる嘘も、信一には通じなかった。

 カナは小さく首を横に振ると、信一の顔を見て、

 「・・・何が楽しいのかが、分からないの。」と言った。

 「分からない?」

 「うん・・・周りの人たちは、楽しそうにお話をしたり、授業を受けていたりするけど、私には何が楽しいのかが分からないの。」

 カナは苦しそうな表情を浮かべた。

 「お友達は出来たの。私の事を大切な友達だって言ってくれた。・・・とても嬉しかった。」

 信一はカナの手を握った。

 「そのお友達は、女の子なのかい?」

 カナは頷いた。

 「その子とは、どんな話をするんだい?」

 「大学の話とか、兄弟の話とか・・・。」

 「兄弟の話?」

 「うん」

 カナは視線を落としたまま、消えそうなか細い声で話を続けた。

 「その子にもね、お兄さんがいるの。とても優しいお兄さんみたいでね、お兄さんの話をしている時の彼女は、とても楽しそうなの・・・。」

 「カナは光樹の話しをするのかい?」

 カナは首を横に振った。

 「どうして?」

 カナは信一の顔を見ると、一言こう言った。

 「・・・思い出したくないから。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ