表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eryngium  作者: Ery
3/5

3・暗闇

 「光樹」

 高級なスーツに身を包んだ男性が、光樹の横に座った。

 「遅くなって、ゴメン。帰りがけに、電話が入って・・・。」

 「いや、俺こそ急に呼び出して、悪かったな。」

 「俺も久しぶりに光樹に会いたかったから、ちょうど良かったよ。」

 幼なじみの長谷川遼は、光樹と同じ物を頼むと、話しを続けた。

 「いつこっちに戻ったんだ?」

 「昨日の夜中の便で。」

 「そっか。相変わらず、忙しそうだな。」

 遼はグラスを手に取ると、喉を潤すように一口飲んだ。

 「遼も忙しそうじゃないか。大きなプロジェクトを任されたって、信一から聞いたぞ。」

 「ああ、やっとデカイ仕事任されるようになったよ。」

 遼はそう言うと、グラスをゆっくり揺らした。

 「うちは、オヤジがまだまだ現役だから、俺なんていつまで経ってもヒヨッ子だよ。・・・俺が光樹の立場だったら、あっという間に会社は潰れてたかもな。」

 「そんなことはないさ。人間、追い込まれたら、何とかなるもんだ・・・。」

 光樹はそう言うと、グラスを傾けた。


 二人はしばらく仕事の話しを続けた。

 話が一区切り付いた時、

 「カナちゃんは、元気か?」と、遼が聞いて来た。

 「ああ、元気みたいだ。この間、林さんが会いに行って来てくれたよ。少し・・・痩せたようだって言ってたな。」

 光樹は視線を落とした。

 「カナちゃん、元々食の細い子だからな・・・。一人じゃ余計食欲出ないかもな。」

 遼も心配そうな顔をした。

 「ああ・・・そうかもしれないな。でも、自分で選んだ道だからな・・・。」

 光樹は自分に言い聞かせるように、そう言った。

 「光樹、もうこれ以上自分を責めるなよ。カナちゃんが、自分で選んだ道なんだ。お前がそんなんじゃ、カナちゃんも辛いだけだぞ。」

 「分かってる。分かってるけど・・・」

 光樹はそう言うと、グラスを握りしめたままうなだれた。

 「・・・来月、カナちゃん帰って来るのか?」

 遼の問いに、光樹は黙って頷いた。

 「カナちゃん、今年は成人式だろ? 何かしてあげるのか?」

 「亡くなったお母さんに、晴れ着をって頼まれたから、それを着せて写真だけでもと思ってる。」

 「そうか。カナちゃん、喜ぶだろうな・・・」

 遼の言葉を聞き、光樹は昔の事を思い出した。


 「光樹さん、お願いがあるんです。」

 仕事から帰った光樹に、カナの母が話しをして来た。

 「なんでしょうか?お母さん。」

 「カナの成人式の時、カナにこれを着せてあげてください。」

 そう言って見せたのは、鮮やかな紅色に、色とりどりの花が絵描かれた、振袖だった。

 「私が成人式の時に、母が仕立ててくれたものなんです。もしカナが嫌がらなければ、これをカナに・・・」

 母は既に、自分の死期が近いことを感じてのだろう。身の回りの整理をしては、光樹に

「これをカナに・・・」と、頼んでいた。

 「お母さん、一緒にカナの成人式を祝いましょう。カナも、それが一番嬉しいはずですよ。」

 「光樹さん、ありがとうございます。でも・・・私の限界も、近いと思うんです。だから−」

 「お母さん!何を言うんですか!もっと長生きしてもらわないと、僕もカナも困ります!・・・僕だって、まだ何も親孝行してないんですから!」

 「光樹さん・・・」

 光樹は母を抱きしめた。

 「お母さんにもカナにも、辛い思いばかりさせて・・・だから、僕がもっとしっかりしたら、沢山親孝行しますから・・・」

 その後の言葉が繋がらなかった。

 「ありがとうございます。そのお気持ちだけで、私は嬉しいです。」

 母はそっと、光樹の背中に手を添えた。













 夕方、カナは図書館にいた。

 館内は静まり返り、10人程の学生が読書をしたり、調べ物をしていた。

 図書館に入って来た学生が、カナに気付き声をかけてきた。

 「須藤さんも調べ物?」

 彼女は同じ学部の田村南。すらっとした長身で、誰とでも気さくに接する彼女は、いつも目立つ存在だった。

 「田村さん・・・コミュニケーションの課題をね。」

 カナは南を見ると、ペンを止めてそう答えた。

 「私もよ。熱海教授は、いつも面倒な課題出すから、大変よね。・・・ここ良いかな?」

 カナが頷くと、南は向かいの席に座った。

 二人はしばらく、課題に取り組んでいた。


 カナがペンを休めると、南が声をかけてきた。

 「須藤さんは、どこの高校だったの?」

 カナは一瞬ためらったが、

 「私は・・・東京の高校だったの。」と、答えた。

 「須藤さん、東京から来たんだ。なんか雰囲気が違うなって、思ってたんだ。」

 そう言うと、南はにこっと笑った。

 「私はね、早苗と同じN高なの。」

 N高と言えば、市内でも3本の指に入る進学校。それよりも、早苗がN高校というのを、初めて知ったカナは、

 「早苗は、N高だったんだ・・・」と、呟いた。

 「須藤さん、知らなかったの?いつも早苗といるから、知ってるかと思ってた。」

 南は少し驚いた顔をしながらも、カナに聞いてきた。

 「須藤さんって、あまりみんなと話さないよね。どうして?」

 カナは返答に困った。

 「みんなね、須藤さんって綺麗で頭も良くて語学も堪能なのに、どうして教師を目指しているのか、知りたいみたいなのよ。」

 カナはそれを聞いて驚いた。いつも一人か早苗としかいない自分のことを、みんなが知りたがっているなんて、思ってもいなかったのだ。

 「どうして、みんなは私の事を知りたいの?」

 「みんな、興味があるんだよ。それは須藤さんだけじゃなくて、それぞれみんなにね。どうして教師を目指そうとしたのか、どんな教師になりたいのか、相手の考えていることを聞いてみたいのよ。」

 「きょう・・・み?」

 「そう、みんなそれぞれ、相手の考えに興味を持っているの。」

 そう言うと、南はペンを置いて話を続けた。

 「ここにいる人たちは、理想の教師象は持っていても、具体的な教師象はまだ見付けられていないんだと思う。だから、いろんな人の話を聞いて、視野を広げて行きたいって思うことも、あるんじゃないかな。」

 カナは不思議そうに、じっと南を見つめていた。南はその表情を見て、そのまま話を続けた。

 「みんなは相手の話の中から、自分の答えを見つけたいと思っているのかもしれない。・・・答えは、自分の中にしかないんだろうど、未熟な学生の私達はそうやって、自分の道を模索していくしかないのかもしれないわね。」

 カナは視線を落とし、しばらく考えていた。

 相手に興味を持つ。それは、カナが一番経験してこなかったことであり、拒絶していたことでもあった。

 「須藤さんは、どうして教師になろうと思ったの?」

 「・・・・・」

 どうしてだろう。自分はどうして教師になろうと思ったのだろう。

 カナは一瞬、そう思った。

 自分の学校生活には、楽しい思い出は一つもなかった。転々とする学校生活は、ただ単に勉強をするだけのものだった。 勉強だけしておけば、あとは何も必要ない。クラスメイトに対しても、どうせ長く一緒にいる人たちではない。

 そんな思いが、幼いカナの心の中にはあった。

 「どうして・・・だろう。」

 自分でもまだよく分からなかった。

 「私はね、あまり学校生活に、良い思い出は無かったの。良い先生に巡り会えなかったのもあるかな。だから、自分が教師になって、子供達に沢山楽しい思い出を、作ってあげたいなって思って、教師になろうと思ったんだ。」

 南は照れ臭そうに、カナに自分の気持ちを話した。 カナはその話しを聞きながら、南の事を少し羨ましく思った。

 自分はなぜ教師を目指しているのだろう。自分のような人間が教師になって、子供達に何を教えられるのだろう・・・。

 自分はここにいるべき人間ではなかったのかもしれない。

 カナは、暗闇の中に取り残されたような気持ちになって行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ