プロローグ
荷馬車に揺られてゴトゴトゴト――
さながら今の自分は上質な食肉として養殖され出荷される無知な豚のようだ。
今私を乗せる簡素な馬車は国内一厳しいと称される修道院へと向かっている。
座り心地の悪い座席、整地されていない道を走るために酷く揺れる車内、何も代わり映えの無い平野――
国内一の”悪女”の称号を有り難くも頂戴した私には、もはや全てがどうでも良かった。
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「今これを持ってして、この私エルラント・ナル・カミュール第一王子とルデヴァ公爵家長女アレノル・ルデヴァ嬢の婚約破棄を宣言する!尚、これにはカミュール国陛下も承認済みである!」
事は学生生活の終わりを惜しむ為に開かれる卒業パーティーでの出来事だった。
皆聞いて欲しい、と言うエルラント殿下の一声に参加者が視線を向ける。
エルラント殿下の周りには彼の側近が控えている。更に言うならば彼の横にはそっと俯くように華奢な令嬢が寄り添っていた。
私――アレノルはこれから起こり得る嫌な予感に必死に痛む頭を堪えて参加者達より一歩前に出た。
「もしよろしければ……何故、とお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何故、だと?……まさかここまで悪辣な女だとは思わなかったよ」
悪辣と言われましても。
心当たりが全く無いのだから何故と聞いても仕方が無いとも思うのだがどうやら殿下方はそうは思っていないようだ。
殿下はつらつらと私が犯したと言う罪の数々を上げていく。
「貴女は非常に巧妙に罠を張っていましたからね……悪辣と言われても一つも響かないでしょうね」
「貴女の行いは余りにも逸脱しすぎている……!到底許せる筈がない」
「お前の上っ面の軽口にはもううんざりだ」
「貴女が私の家族だなんて信じたくもありませんよ」
「最後まで貴女を諌める事が出来ませんでしたが……お別れです」
「お姉さま……っ」
殿下に追従してくる声を語るとすれば順に宰相の息子、騎士団長の息子、私の義理の兄と弟、私の専属執事、そして私の妹、と言った具合だろうか。
ああ、頭が痛い。
人の弁明を何一つ問わずにこの仕打はあんまりではないだろうか?
いや、そもそも既に陛下も承認済みと言っていたので恐らくは私が何もしていない事は分かっている上で皆で罪状を作り上げ私を貶めようとしているのだろう。
……なんだかもう疲れてしまった。
そう思った私は早々に諦める事にした。流れに身を任せて楽になりたい。
ただそれだけを思った。
「……申し訳ありません。私は殿下の言う通り悪辣な女であるようなので真に思い当たる節がございません。ですが殿下達が私を悪と断じられたなら恐らくそれは真の黒です。ならば私は相応の処分を受けたく思います……もし、叶うならば命の保証と家族へ罪問いだけはご容赦下さいませ」
殿下達は何も声を上げなかった。すんなり通った事に動揺しているのか、歓喜しているのか。
心情など何もわからなかった。
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憂鬱な数日前の出来事を思い出してしまい、はぁ……と令嬢には似つかわしくない大きな溜息が漏れた。
結局あの喜劇の断罪劇の後は殿下に命じられた衛兵に連れ立って城の裏門から少し離れた場所にあるペッセ河のほとりにあるコルペル監獄へと収監される事になった。
ちなみにペッセ河と言うのはこの国に引かれる運河の内の一つで主にコルペル監獄から罪人を移送するためだけに作られたものだ。
他にも罪人が簡単に逃げられないようにする為、と言う用途もあるらしい。
閑話休題。
コルペル監獄に収監された私の部屋は、曲がりなりにも「まだ」貴族の令嬢であったためにベッドと読み書きが出来る簡素な机が用意されていた。
その事に少なからずホッとした心地があった事は否めない。正直わら族などと同様の部屋に押し込まれてもおかしくないだろうと思っていたからだ。
収監された後の日々は驚く程私の心に穏やかな空気をもたらした。
良くも悪くも私の感情を揺さぶる者は訪れなかったからだ。
――血を分けた両親でさえ
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親から愛されない、と言うのはもしかするとありふれた話かもしれない。
しかしその中から更に「他の兄弟または姉妹」にだけ愛情が注がれると言う状況は一体どれほど存在するのだろうか。
わからないし考えたくもない。
はぁ……と再び大きな溜息を溢しながら早く修道院に着くことを祈った。