死に神の愛す童話
「そして、二人は永遠に幸せに暮らしました。おしまい」
兄さんはそう言って童話を閉じた。
その時僕は思った。
こんなチープな終わり方は死んでも嫌だな、と。
当時僕は五、六歳の小さな子どもで、兄さんは十五、六の歳だったから。急に末の弟の世話を託され、子どもといったらという感覚で、この童話を選んでくれたのだと思う。
しかし、僕は幼少の頃から大層捻くれていた為、兄さんの選んだ童話を吐き気がする程嫌いだと感じたし、序でにこんな仕様もない話しを選んだ兄さんの事も嫌いになった。
———嫌な子どもだな。
僕は当時を思い出して不愉快になる事が度々ある。
僕は、物語を読んでくれた兄さんに満面の笑みで、ありがとう、と言ったんだ。
優しく頭を撫でる兄さんに、自己満足の空っぽ野郎と思っていた事を兄さんは知らないんだろう。
そうやって何も知らずに善人ぶった兄さんの面の皮を剥いでしまいたい。そう思い出したのはいつからだったか———。もうそれは思い出せない。
そして時が流れて、僕があの頃の兄さんよりいくつか歳上になった年。
唐突に兄さんはこの世を去ってしまった。
兄さんが焼かれて灰になった。
火葬場は不謹慎だけど、電子レンジでカリカリになるまで焼いたウィンナーと同じ匂いがしているな、と空高く昇りゆく煙を見ながら何となく思った。
指先に挟んだ煙草。
同じ煙だし、反吐がでる程嫌いだった兄さんの焼かれる煙だけど、煙草から立ち込める煙よりは価値があるような気がした。
なんでこんなに嫌いだったのかな?
確かに童話は切欠だろう。
でも、それだけの筈はない。
多分だけど、兄さんも僕を嫌っていた。
そんな確信がある。
幼い頃は歳が離れているから分からない事が多かったが、成人してからの歳の差は意外と小さいように僕は感じていた。
だから何となく分かった。血が繋がっているからというのもあるのかも知れない。
兄さんは、多分、自ら道を外れて行くような僕を嫌っていたのだ。
兄さんは童話の世界のような正しい者が救われる、そんな世界で生きていた人だから。
そうして大人になると山程ある挫折の繰り返しに疲弊していったのだろう。
僕みたいな適当に生きている人間には分からない葛藤があり、自死を選んだのだ。
まあ、よく見える所で僕みたいな人間が視界に入ったら良い気はしないだろうと敢えて近くを彷徨いてもいたのだが。
———ああ、愚かな兄さん。
———愛すべき、愚かな兄。
僕は、幾らも吸っていない吸殻を地面に投げ付け黒い革靴で揉み消した。
真っ黒なネクタイを緩める。
黒い喪服の上着は畳んで脇に無造作に抱える。
何故かな……。眩しいくらいに白い僕のワイシャツに一筋の雨が降った。
今日は晴天なのに。
了