ヤマトの成長物語
病院のベッドでマネキンのような放心状態の女性がいる。
仲埜仁美。彼女は妊娠中であったが、パートナーはいない。
交際相手だった男と別れた後に妊娠が発覚し、悩みに悩んだ結果
シングルマザーへの道を決意した。
出産まであと1か月を切ったある日、アパートに押し込まれた強盗に
乱暴された挙句、お腹の子は死産となってしまったのだ
2日後、失意のまま雪のちらつく道を歩いて帰宅した仁美は
アパートに帰ると布団に突っ伏して泣き続けた。
どれだけの時間が経過しただろうか、おもむろに起き上がると
洗面所へと歩き出し鏡の前に立つと、目の前にあったカミソリで
手首を切った。
目を覚ますと真っ暗だ。
しかし、見えなくてもはっきりと感じる。ここは家だ。
洗面所に倒れていた仁美は悟った(私は死ねなかったのだ)と。
そのとき玄関先に物音が聞こえた。
仁美は息をひそめ耳をすませると、なにやら猫の鳴き声が聞こえる
人の気配は感じられない。仁美はドアも開けず放心していた。
しばらくそのままでいたが、寒い外にいる猫が子猫だったら…と
思ったら可哀想に感じドアをそっと開けた。
そこにいたのは猫ではなく、段ボールに入れられた赤ちゃんだった。
手紙も毛布もない発泡スチロールの緩衝材に乗せられた男の子だ。
仁美はその「ヤマト」と書かれた段ボールを抱え上げるとドアを閉め、
中に入っている男の子に向かって呟いた。
「いらっしゃい【ヤマト】くん」