被差別民に訊く
昨日、夢に見たのは、昔住んでた町の近所の娘。
幼い私に親切にしてくれた。
でもとても蔑まれていたよねあなたは。宇宙人をイジメてるって。
町の誰からも白い目で見られてた。
人殺し以下の戦争屋だって。
大人達の噂話はどうしても私の耳に入って。
ある時あなたの手を払いのけてしまったのを記憶している。
幾万の宇宙人を殺したと聞くあなたの手を払いのけた。
そして幼心に、戦争屋だと、罵ったんだ。
なのにあなたはそう呼ばれて、どこか誇らしげに微笑んだ。
あの頃は尋ねる機会が結局なかった。
あなたはなぜ戦争屋なんかになったんですか。
夢の中のあなたは、そう尋ねてほしそうな顔をしていた。
歴史は勝者によって書かれるとは知ってのとおりだ。
しかしこうも言えるのさ。
歴史は常に、戦場ではなく銃後において書かれる、とね。
善良な平和主義者と、邪悪な戦争好き。
つまり甘美なる偽善のもとに、世界とは解釈される。
木星圏の実情はあなた達が思うようなものではないよ。
あそこは地獄だ。
死者数も負傷者数も統計上は把握されないように調整されてる。
現実には人類は優位な戦況にはないのだ。
だから我々にとって、宇宙人は悪魔なのさ。
あなた達が思うような、宇宙人はかわいいものではないよ。
あれが地球に降りれば人類は半年と持たない。
そんなことは百年も前から一部ではよく知られているのに。
死んでいく兵士達に名誉とて授けられたことはない。
私達がもしいなくなれば世界はもっと良いものになるってあなた達は言う。
私達がもしいなくなれば世界はもっと悪いものになると我々は思ってる。
だから私達は戦場に向かう。
苦しめば苦しむだけ、死ねば死んだだけ、祖国において喜ばれるとは知っているよ。
木星圏は地獄だよ。
死と苦しみは降り注ぐのに、楽しいことなど一つもない。
最善を尽くしても死ぬ。
努力しても死ぬ。
才能があっても死ぬ。
人の精神はそんなものには耐えられない。
だから銃後の人々はいつも捏造するんだ。
最善を尽くせば生きる道はある。
努力すれば生きる道はある。
才能があれば生きる道はある。
死と対峙しない道を選ぶのだ。
希望を見いだそうとする意欲はいいけど。
死んでいったのは落ちこぼれだって結論も同時に導かれるよね。
つまり苦しみは愚者の属性であると。
努力不足や才能不足が敗北の原因のはずだと。
優れたものほど生き残って栄えると。
そのような信仰。
必要な戦争なんてないって。
必要な殺しなどありえないって。
汚れ仕事は誰かにやらせて。
優れた者ほど綺麗に生きると。
大人達の嘘に私は気づいてしまった。
恐怖と対峙するほど事実が見えることに気づいてしまった。
身を切る痛みにこそ正義が伴うと気づいてしまった。
我欲を許容しようとする偽りの正義が大人達の頭を支配していると気づいてしまった。
だから私は恐怖で暗に脅迫されるほど逆張りして。
恐怖する本能のネジを理性によってことごとく外してしまって。
明らかな嘘に見えるものは明らかな嘘だと考え。
純良な人情に見えるものは純良な人情に数え。
ただ自分の胸に尋ね誠を歩んで進むうちに。
気づけば戦争屋と呼ばれる人種になっていました。
宇宙人らに仲間達を八つ裂きにされるうちに。
宇宙人を八つ裂きにするのが何よりの楽しみになっていました。
自覚してます我々はもはや人間ではない。
少なくとも本国で意思疎通できる市民ではない。
本国で呑気なミュージックを聞いたって何一つ面白くないんだ。
葛藤がないと物足りない。
まるで自分が自分でなくなってしまうような。
宇宙人を滅ぼして回る自分こそありのままの自分であるような。
でも私達にはプライドがあります。
困難を忍耐して幼い感情から成長してきた者としての。
種々の私的な恐怖によってまず動揺しまいという自負心の。
悪夢と呼びうる世界を生き抜いてきた者としての。
人々の暮らしを愛し守護する者としての。
我々は世界の矛盾を知っている。
報われるべき者が報われない現実を知っている。
でも報われるべき者が報われる社会を求めてあえて声まで上げはしない。
名誉なく倒れていくことを私達は受け入れている。
白眼視されて生きて死ぬことに納得している。
戦場しか知らない人生など客観的には不幸かもしれない。
でも戦いは、私達にとっては本能のようなものだからね。
そこに生まれた者にはそう生きる人生しか選べないのさ。
だから私はあの日。
近所の坊やが途端に蔑む目つきで私の手を振り払ったのを見て。
愛するものの一つが自分の側に落ちなかったことが嬉しかった。
正義そのものを愛してるのでは結局なくて。
銃後の誰かを愛するがゆえに我々は戦うのだから。
なるほどそうだったのですね。
あなたは戦争屋になるほかなかったが、そのことを誇ってもいたわけだ。
でもあなたの側に私が落ちなかったかは少し疑わしく思います。
だって私は、大人になった今になっても夢に時々あなたを見るから。
何にせよおやすみ。
お話が聞けてすっきりしました。