黒雲
ポイントに支配された日常の世界。そこに現れる不思議な光景
「なぁ、信治ぃ~、この変な腕時計、外したらどうなると思う?」
親友の鏑木宣親は机に突っ伏したまま俺に聞いてくる。
「そんな格好で話しかけると減算食らうんじゃないの?」
「あ!やっべ。あー……5ポイント減ってる。俺の小遣いが減ってしまった……ガクリ」
「コイツを外したら人間の尊厳を失うんじゃないのか?」
この活動量計を外して生活を試みた人々は多かった。しかし、すべての経済がこの活動量計を装着していないと受けることが出来ない。電車も乗れない。ましてやマイナスポイントのままでは食料すら買うことが出来ない。
「おまえはいいよなぁ。以前からお行儀が良くて。減算を食らったのはいつだ?」
「そうだな。この前の食事中に迷い箸をしてしまった時かな」
「え、なにそれ。そんなのでも減算されるの?まじかよ~。つれぇ、ツラすぎる。委員長ぉ~、どうにかしてくれよぉ~」
「何で私に頼んでくるのよ。そんな事できればやってるわよ。まったく……」
学級委員長の各務原沙知は呆れた様子で日誌を書いている。まっすぐな背筋だ。きっとアレは加算ポイントの行動だな。
「教室の鍵をかけるから早く帰る準備をしてちょうだい」
委員長にそういわれて俺たちは帰る準備をする。音をなるべく立てないようにイスを机に納める。宣親は昔のように足で机に仕舞ってしまった。
「おまえな……」
「あーっ!やっちまった……」
「だから、大声……」
「マイナス20ポイント……俺の小遣いが消えてゆく……」
「そんなの加算ポイント行動をすればむしろ増えるわよ。なんでもいいから早く教室の外に出てちょうだい。減るかも知れないわよ?ポイント」
「それは勘弁して欲しいな」
俺たちは職員室に教室の鍵を返却に向かった。足を擦って歩かない。背筋を丸めて歩かない。ポケットに手を突っ込んで歩かない。右側通行を徹底する……。
「先生、教室の鍵を返却に来ました。お願いします」
「おお。ありがとう。今日も助かったよ」
以前は威圧的で皆が怖がっていた熱血教師がウソのように笑顔で対応してくる。余計に怖いのは俺だけではないようだ。委員長でさえ、ひきつるのを我慢しているように見える。
「今日も疲れたわぁ。なんでこんなことになったんだろうな。こんなので国民は健康になるのか?」
「不摂生な生活、乱暴な生活してたら減算になるから健康にはなるんじゃない?隣のクラスにいた巨漢の人、体重が規制値を越えて毎日減算食らうからダイエットしてるって言ってたし」
「おー、くわばらくわばら。もしかしてポテトチップ食っただけで栄養バランスが悪いとかで減算食らうんじゃないだろうな」
「野菜もしっかり食えば問題ないだろ?多分だけど」
「なんでだよぉ。ポテトチップってジャガイモだろ?野菜じゃんかよぉ。このままじゃお菓子メーカーも倒産してしまうだろぉ」
確かにそうだ。世の中には不健康になるが、それを好む人達のための食品が溢れている。ポテトチップがダメならピザなんてどれくらいのポイント減算されるんだよ。俺は母親の作った食事しか食べたことがないから分からない。
「そういえば……。明日バレンタインだけど、チョコレートって大丈夫なのかな」
「なに?委員長渡す人いるの?だれ?俺?減算になってももらうよ?」
「あなたには絶対に渡さないわよ。安心してて」
チョコレートか。原料はカカオでコレも野菜?木の実はなんだ?果実か。健康な果実、不健康な果実。痛風になると言われる白子とかアンキモも食ったら減算されるのかな。自分に関係のないことで、あまり気にしたことが無かったが、それを仕事としていた人はどうなったのだろうか。
「母さん、ただいま」
「あら、お帰りなさい。さっさとお風呂に入っちゃって。今日は父さんがはやくかえってくるの。久しぶりに皆で夕食にしましょう」
父さんが自分の起きている時間に帰ってくるのか。というより、久しぶりに家に帰ってくるらしい。いつも研究所に籠もりっきりで帰ってこない日が多い。
「父さん、お帰り」
「おお。信治か。なんか久しぶりになってしまってすまないな」
「いや、忙しいんだから仕方ないよ。これの管理してるんだろ?」
俺はそういって腕の活動量計を父さんに見せた。
「そうだ。夕食の前にそいつを最新機種に交換だ」
父さんはそういうとカバンの中から新型の活動量計を取り出して手渡してきた。違いは若干のデザインとベルトの形状だろうか。あと、着けたあと30秒間静止すること、という条件があるとのことだ。
取り替えた後にポイントが引き継がれているのか確認してみたが、無事に引き継がれていた。なにもしてないのに。なにかの生体認証機能があるのだろうか。
「さ、どうだ?いままでと違ってリアルタイムで身体状態をモニタリング出来るようになったんだぞ。そう言われてアプリを確認すると、今まで通りの心拍に加えて血圧、血糖値、果てまでは細胞組織の異常まで分かるようになっているようだ。
「このリンパ反応っていうのは?」
「それは身体に侵入した異物をリンパで処理中、という意味だ。どうだ。すごいだろう。細胞組織の異常を検知するから悪性腫瘍だって瞬時に見つけだすことが出来るんだ。全国民は病魔に襲われることが圧倒的に減るだろう」
「お父さん、信治に久しぶりに会って話をしたいのはわかるけど、夕食が遅くなるから早くお風呂に入ってちょうだい」
「おっと、すまない」
その日の夕食は鮭のホイル焼きに味噌汁、ほうれん草の和え物に大麦入りのご飯。
「なぁ、父さん。鶏の唐揚げとかフライドポテトって減算対象なの?」
「なんだ信治。揚げ物が食べたいのか?そんな事無いぞ。油も人間の体組成には必要なものだ。母さんはそういうものを作ってくれないのか?」
「単純に私が揚げ物があまり好きじゃないからよ。信治が食べたいのなら作るからリクエストをちょうだいね」
揚げ物は大丈夫なのか。そのあと、お菓子やお酒についても確認してみたが特に減算対象にはならないとのとだった。ただ、暴飲暴食はかなりの減算対象になるから注意しろよ、と釘を刺された。
夕食の後に沙知にチョコレートは減算対象じゃないってさ、とLINEを送った。別に自分がもらえるとは思っている訳ではないが。渡したい人がいるのに渡せないのはかわいそうだと思ったからだ。
「あそうだ。今日のポイントは……。よしよし。順調に増えてるぞ。この調子で行けば高校卒業までに1億ポイントは固いぞ。1ポイント1円換算だからな。大金持ちだ」
俺は昔からこのポイント制度の元で生活してきた。その分、蓄積ポイントが他の皆より多いはずだ。そのことを知られると面倒なことになりそうな気がして誰にも話していない。
「おっと。宿題があるんだった。あと、来週は模試があるんだった。志望校入試判定チェックが入るやつだ」
俺は志望校に進学して父親と同じ健康科学研究所に就職を目指している。当然、就職のハードルは高く、国内有数の国立大学の主席クラスじゃないと門戸は開かないだろう。
翌朝はバレンタインということもあって、男子生徒がそわそわしている気がした。通学途中に出会った宣親も下駄箱を開ける瞬間とか席に着いた瞬間に期待に満ちた顔の後にこの世の終わりのような顔になって見ているこっちは楽しませて貰った。
「信治よぉ。俺になんで春が来ないんだろうなぁ。なんでだろうなぁ。委員長ぉ~、義理でも良いからチョコくれよぉ~」
「いやです。チロルチョコ持ってるけど宣親だけにはあげたくない。というわけで。はい、信治くん」
「ん?お。さんきゅ」
「いいなぁ、おまえには春が来て」
「チロルチョコだぞ?こんなので春もなにもあるか」
「信治くん……ひどい……。それ、本命チョコなのに……」
「あ、信治、委員長泣かした。減算対象だろそれ。女の子を泣かせるなんて絶対に減算対象だ」
俺はまさか、と思いつつ活動量計を確認した。
「減算対象……だとぉ……」
コレはこのチロルチョコが本当に本命で、委員長は泣き真似じゃ無かったってことなのか!?
「あの……さ。委員長さん?別に悪気があって……い、いや。いいんちょ……じゃなくて各務原さんが嫌いとかそういうのでもなくてだな」
「ぷ……くっくっく……なに?本気にしちゃったの?チロルチョコだよ?それを本命っていったら私が減算対象になっちゃうわよきっと」
なんだ。義理チョコなのか。ちょっと残念のような。ま、義理の1つも無いよりはいいか。宣親を見ながら前を向いて教室の外を眺める
「なんだありゃ。宣親、見えるかアレ」
「んあ?校庭で愛の告白でもしてるやつがいたか?って、なんだありゃ……」
俺たちの目に飛び込んできたのは真っ黒な雲の固まりだ。夏でもないのに巨大な積乱雲?いや、そんなソフトクリームのような形状ではなく分厚い円盤のようで気味が悪い。
「おい!おまえら!!無事か!?開いてる窓があったら全部閉めろ!」
突如として現れた黒い雲。あれは一体なんなのか
次回「黒い雨」お楽しみに




