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門の向こう側へ

短いです

 黒い靄は何も語らない。

 だが伝わってくるモノはある。

 探していたパズルのピース、その最後の一欠片をようやく見つけたと言わんばかりに、ゆらゆらと波打つ表面にいくつもの波紋を浮かべ歓喜に打ち震えている。

 そんな黒い靄にシュラは言葉を投げ入れる。

「なぜあんな真似を、っていうのは野暮ってもんかね」



 黒い靄は何も語らない。



「通過儀礼ってわけか。しっかし、ただの煙のくせにアジな真似をするもんだな」

 よくも不快な幻を見せてくれたな、とわずかばかりの怒りを肩に滲ませながらシュラは黒い靄へと文句を言う。



 黒い靄は何も語らない。



「おいおい冗談よしてくれよ。あの爺があんな顔するわけねえだろ。気持ち悪りい」



 黒い靄は何も語らない。



「だがまあ、少しばかりストレス発散になった。そこには礼を言ってやってもいい」

 鼻から息を吹き出して左手のひらに右の拳を音が響くようにぶつけると、片方の口角をほんの少しだけ持ち上げるようにしてシュラは笑った。



 黒い霧は何も語らない。



「だが、お前が本当に見せたいものはあんな枯れた爺の幻じゃないんだろう」

 緩んだ顔を引き締めるとシュラは黒い靄に早く教えろと問いかける。



 黒い靄は何も語らない。

 静かにシュラの右手を指し示す。




 黒い靄の指先に視線をたどっていくとそこには門があった。

 巨大。シュラの身長を10倍してもまだ余りあると言わんばかりに聳え立つその門には病的なまでの細かさで無数の彫刻が彫り込まれており、高みから悠然とシュラを見下ろしていた。



 門は左右に大きく2つに分かたれている。

 右側には翼を広げた天使を背に携えた7人の聖者が、それぞれ黄金に光り輝く神器を手に持ち空に掲げて女神への忠誠を誓っている。

 反対の左側には体の一部が欠損した怪物を従える7人の魔女が、それぞれ光を吸い込む程に黒く染まった魔器を手に聖者たちを睨みつけている。

 

 そして門の上部、そこでは遊技盤が中央に置かれた卓を挟んで、瞳を閉じた女神と片手で賽を弄ぶ悪魔が対峙しており、さらにその卓の奥では顔のない男が題名のない本を片手に開いてに佇んでいた。


 門を囲うふちには多くの女神の信奉者と悪魔に付き従う亡者達が隙間なく彫り込まれ、審判の時を待っている。



 

 あまりにも冒涜的なその門の造形、しかしそこには製作者の狂気を孕まんばかりの篤い信仰心が強く窺える。

 戦い。女神と悪魔の旗本に聖邪相分かれての一心不乱の大戦争、これこそ至上の盤上遊戯。そこに参加する者の差別はなく、誰もが無関係ではいられない。


 圧倒的な情報量を前に、シュラはしばし言葉を失った。



「これをくぐれってか」

 シュラの足がガクガクと震える。

 しかしそれは畏れや恐怖によってもたらされる震えではない。

 逆だ。

 


 シュラは興奮していた。

 神話の如き戦い、その最初の一手は神でも悪魔でもない、それもただの語り部でしかないシュラの手で盤上に指される。


 これほど名誉なことがあるだろうか。


 ゆっくりと門へ吸い込まれるように近づいていく。

 凍りつくように熱く、燃えるように冷たいその門扉の取っ手に手をかけると、体ごと全体重をかけるようにして分厚く重い門を押し開く。

 夢の中の白い空間とは対象的に扉の向こう側は闇色を湛えている。硬い唾を飲み下しシュラは門の隙間へとその身を滑り込ませた。

 鉄の軋む音とともに扉は固く閉ざされ、門は腹が満たされたようにうなりを上げるとまた元の沈黙を取り戻す。









 シュラが門の向こう側へと消えるのを見届けた黒い靄は役目を終えたかのように白い夢の中へと末端から解けていく。仰向けに倒れて何もない天を見つめて自嘲するように小さく笑うと、最期に一つ呟いて独り静かにこの世界から消えた。







「幸あれ『      』」




 



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