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おいかけっこ

「……きゅーう、じゅう」

 刃が振り下ろされる。視認すらままならないその斬撃は最大限の手加減・・・・・・・をもって、シュラの左肩に一筋の赤い線を刻んだ。



「ハァ…ハァ……クソっ(遊ばれてやがるっ!)」

 シュラの体に刻まれた11本の裂傷……左二の腕、右二の腕、左太腿、右太腿、左頬、右頬、左耳、右耳、左足甲、右足甲、ほんの1秒前に切り裂かれた左肩。それぞれの部位に一本の赤い線が引かれ、シュラのシャツを赤く染めた。



「じゃあもう一回、10秒数え直すね♪」

 黒頭巾は右足を軸に左足を直角になるように上げてその場でぐるりと、ひと周りするとカウントダウンの再開を宣言する。



(今までどおりなら次は右肩か……)



 黒頭巾は最初の10秒でシュラの体の左側、その何処かの皮膚を浅く斬りつける。そして次の10秒で線対称になるように右側の同じ箇所をもう一度少しだけ深く・・・・・・切り裂く。その傷のどれもが致命となる事はなくただ痛みと恐怖を与えてくるのみである。

 


 予告だ。



 黒頭巾はまずシュラの体の左側を攻撃することで、次は右側の同じ部分を攻撃するとシュラに伝えているのだ。

 2撃目の刃は1撃目より強烈な痛みをシュラに与えてくる。より大きな痛みが襲ってくると分かっては、とてもではないが平静ではいられない。たとえ小さく浅くとも、新たに刻まれた傷は想像というスパイスを振りかけられ、今まで刻まれた全ての傷を差し置いてズキズキと自己主張を始める。



(趣味の悪い野郎だ……!)

 この予告はシュラに、とてつもないプレッシャーを与えた。



「いーち」

 恐怖のカウントダウンが再開される。



「にーい」

 手にしていた魔導灯はいつの間にか、どこかに落としてしまった。乱雑に建造された建物の隙間から差し込む、かすかな月明かりを頼るしかない。体のいたるところを旧市街の壁にぶつけながら、それでも足を止めることは許されない。



「さーん」

 暗闇の中でどこを攻撃されるのかは分かっている・・・・・・。斬撃を躱すことなど出来ないし、だからといって来る場所が分かっているならと、防御しようとも思わない。腕をかざせば腕を落とされるかもしれないし、体の右側を壁に押し付けて守ろうとしようものなら機嫌を損ねた黒頭巾に首を刎ね飛ばされてしまうもしれないのだ。

 リスクが高すぎる。恐怖を顔に貼り付けながら死んでいった魔晶病の男の二の舞はゴメンだ。



「よーん」

 しかし、いつまでも黒頭巾の言うところの『おいかけっこ』を続けるわけにはいかない。

 シュラの体力という目に見えた終わりがあり、体中を走る傷の痛みも合わせて限界に近い。釘が刺さろうが切り裂かれようが、関係ないとばかりに酷使されてきた足も大きな悲鳴を上げている。

 なによりこの遊びに黒頭巾が飽きてしまったなら、そこでシュラの命運は尽きてしまうのだ。

 考えなければならない。 


 生き残る方法を



「ごーお」

 だが何も思いつかない。

 当然、助けを呼んだ。しかし二度、三度と呼んでも誰も助けに飛び出してくる気配はない。

 当たり前だ。ここは旧市街、誰かに助けを求めたところでそれに応える者がいるはずがない。例え寄ってきた者がいたとしても、そいつはマヌケな獲物の匂いに惹かれてやってきた狼だ。むしろ大声を出して体力を消耗することを避けるべきだ。助けを求める事に意味など無いと悟るとシュラはすぐに口を閉じた。

 それにしても旧市街の住民と誰ともすれ違う事がないのはおかしいとシュラは疑問に思ったが、その答えは遊びに興じる黒頭巾の勘気に触れることを恐れてすぐにその場を大急ぎで離れたり、建物の中に引きこもってしまったからだ。黒頭巾の金属混じりの声で発せられるカウントダウンは旧市街の住民たちをシュラとは別の意味で恐怖させた。

 ガッチリと閉まった扉は絶対に何者も立ち入らせないとばかりにシュラを拒絶する。もっとも逃げ場のない建物の中に入れば詰んでしまうことが分かっているシュラは扉に手をかけることすらしなかったが。

  


「ろーく」

  少しでも追いかけてくる邪魔になればと、カバンとポケットの中のものは全てあたりにぶち撒けて上着も投げ捨てたが、黒頭巾に対しては僅かな障害にもなり得はしなかった。

 どういう絡繰りを用いたのか10秒目を数えた瞬間に、やつはすぐ隣に突然現れるのだ。これでは対処のしようもない。

 もしかするとズルをしてカウントダウンが終了する前にシュラを追いかけ始めたのかもしれないとも考えたが、その割には追いかけてくる音が一切しない。足音を消してすぐ背後を追走しているのか、と恐怖を押し殺して何度か振り向き確認したが黒頭巾が追いかけきている様子はなかった。それどころか後ろを振り返るシュラに向かってその長い袖を大袈裟に振り返してくる場違いな仕草は、一切顔が見えないことも相まって黒頭巾の存在をより一層不気味なものへと引き立たせた。



「しーち」

 もとより、シュラは自身と黒頭巾との間に大きな力量差があることは理解している。多少は魔導の心得があるとはいえ、切った張ったに関してシュラは全くの素人だ。だからこそ立ち向かおうなどとは全く考えなかったし、見逃してもらえそうな相手でもない黒頭巾とどうこう話し合うつもりもなかった。故に即座に逃走を選択したのだ。

 だが、ここまで隔絶した相手だとはまるで予想していなかった。旧市街において殺しを日常的なものとして生きる、人であって人ではないモノ……。

 


「はーち」

 今日はシュラにとって厄年の厄日であったようだ。一際最悪のババを引き当ててしまった。

 吐き出される呼気は血混じりで、いくら最初は浅かったとはいえ、何度も壁や地面にぶつかって大きく開いてしまった傷口からは血が流れ続けている。

 どうしてこんなところに来てしまったのか、という後悔の念が後から後から湧き出してくる。




だが




(ああ、どうしてしまったんだ俺は……)

そして今は、何よりも忌々しくさえ思える。



「きゅーう」

 思えば、シュラが窮地に陥ってしまった最大の原因と言っても過言ではないだろうそれが未だに心の大部分を締めている。まるで……そう、まるで空から自身を俯瞰して眺めているようなそれが。



「じゅうっ! そろそろおしまいの時間かな? それなりに楽しかったよ、お兄さん♪ お別れだねバイバーイ♪」

 わざわざ律儀に別れの挨拶をしてくる黒頭巾。見せつけるように大きく振りかぶられた、頭からシュラを真っ二つにしようとする刃の輝きを前にしてもなお……




















消えないのだ。



この程度いくらでもどうにかなるという根拠のない全能感・・・・・・・・が。

 



ガ○ア系女子による斬撃カウントダウン



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