僕が教えてやろう シュラ・ブックスローネという男
今日はこの僕がシュラ・ブックスローネという男についてお前たちに語ろうと思う。
いやいや、突然出てきてお前は誰だって?もっともな疑問ではあるが、今の僕に答える権利は無いんだ。今の僕は代理でしかない。そのうちお前たちとは出会うことになるだろうから、そういうことでここは一つ理解して欲しい。うん、よしよし。それじゃあ、話を続けさせてもらうよ。
お前たちはシュラ・ブックスローネという男を見てどう思っただろうか?
変わらない毎日をひたすらに繰り返しては嘆くだけの愚か者
友達いなさそう
口悪いなコイツ
うん、間違ってはいない。間違ってはいないがその認識ではあまりにもシュラが哀れだ。僭越ながらこの僕がその認識を少しばかり正してやろう。
まず、お前たちの中にはシュラの能力を低く見積もっている奴もいるだろうがそんなことはない。少なくとも語り部としてのシュラは僕なんかよりずっと優れているし、酒場のマスターとは良好な関係を築けているように人付き合いも嫌いではあるが不得意ではない。シュラ自身は友人だとは感じていないが、シュラのことを友人だと思っている人間も何人かいるよ。
口の悪さはご愛嬌、内心どうあれ他人には基本的に丁寧に接する男だ。
えっ?危険と知りながら好奇心に任せて魔物の口に手をつっこむバカだって?
否定はしない。否定はしないがシュラは子供の頃からお祖父さんの言いつけを守って旧市街に入らなかったんだよ。いい子ちゃんだよ。というよりシュラが旧市街へ向かうのは避けられないんだよねー。なぜなら……、おっと、いけないいけない。これ以上はここで喋ったらいけないんだった。
そうだなあ、代わりといってはなんだけどシュラの生い立ちでも聞かせてやろうか。
シュラが生まれたのはマハラウール公国交易都市ブランヘルム。鍛冶師の父アレイと魔導士の母フレアの間に生まれたよ。アレイはシュラが生まれる前に鍛冶場の事故で死んだよ。フレイはシュラを産んだと同時に死んだよ。という訳で、両親を失ったシュラは母方の祖父である語り部ダーインに預けられることになったんだよねえ。いきなり重い人生スタートでビックリだよ。さて、どう育てたものかと悩むダーイン老、悩んで出した結論は自身と同じく語り部として育てることにしたみたいだね。古今東西、あらゆる物語をシュラに聞かせては同じように語らせる。時折、酒場にシュラを連れて行っては語り部としての仕事を横で見せた。シュラの年齢が10を超える頃にはシュラをお立ち台に立たせて簡単な小話をさせたりもした。
ダーイン老の持つ語り部としての全てをシュラはドンドン吸収していった。
シュラの年齢が15を超えた春、声変わりも終わり語り部の技術をすっかり身につけたシュラに満足したのか、ダーイン老はぽっくりあの世へ逝ってしまう。ブランヘルムの街で長い間、語り部として活躍したダーイン老の死は多くの人々に悲しまれたんだ。
でも、その悲しみも2代目の語り部シュラによってすぐに終焉を迎える。シュラは人々の期待以上の語り部だった。それこそ初めはダーイン老の出涸らしなどと揶揄する者たちもいたが、すぐにそんな声は消えてなくなった。人々は新たな語り部の誕生を心から歓迎し、毎夜多くの客がシュラのいる酒場へと立ち寄っていった。そうして今日に至るってわけだ。
え?いい話じゃないかって?
いい話だよ、シュラ自身が語り部としての現状をクソほど嫌っていなければの話だけれども。
お前たちに誤解なきように言っておくけど、シュラ自身は語り部の仕事自体を嫌っているわけじゃあない。では何が嫌なのかといえば、これにはシュラの体質が大きく関わっている。
人間が人形に見える。
正確に言えば、ある特定の条件を満たす人間以外が人形に見える。シュラが抱える疾患、シュラが誰にも語ったことのない秘密。シュラも心の中で言っていただろう?
(なんだこの気持ち悪い人形共は)って。
あーあ、お前たちもシュラの秘密を知ってしまったねぇ。
シュラは毎日毎夜、人形に請われて人形相手に話をする。最近は『勇者物語』が人気みたいだねえ。ここ数年一日の例外もなく毎日、全てこの話をしている。異常極まりない。退屈を通り越してもはや恐怖だ。
これはもう一種の拷問と言える。いっそ全て焼き尽くしてしまえたらいいというシュラの破滅的な言動にも少しは理解が及ぶといったところだろう。
さて、そろそろお別れの時間みたいだ。今回は大ピンチということで語り部としての余裕の無いシュラの代わりに、僕がシュラのことを語ったわけだが、少しはシュラという男について理解出来ただろうか。 どうにも型紙破りな形式ではあったけど、このタイミングで僕がお前たちにシュラの話をすることはなにか意味のある行いだったらしい。
それじゃシュラに渡すよ、また会おう。
誰だお前