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橙傷

 お願いがある、というカリカロネの言葉にフエニが追随する。瞬き一つする間もなく、目の前に回り込んで顔を覗き込んでくるフエニに、エルトリンデは内心で驚く。


「もー、さっきからずっと面白くない話が終わるの待ってたのにぃ!」

 面白くない、とは言ってくれる。確かに面白くはない話ではあったが、だからといってその一言で軽く流して良いような話はなかったはずだ。案の定、苛立ちを隠し切れない様子のイーサノリスが話があるならさっさと話せと催促する。



「どちらでも構いませんから、早く決めて下さい」

「ごめんなさいね、フエニちゃん。先にお姉さんのお話聞いてもらってもいいかしら?」

「しょうがないなぁ」


 渋々ながらもフエニの了承を得たカリカロネは、何故か数歩後ろに下がる。



(なんで後ろに下がってるの……?)



 エルトリンデの疑問をよそに、カリカロネは更にフエニとエルトリンデの後ろに隠れるように無言で移動する。隣でニヤニヤと口元に不敵な笑みを浮かべるフエニの姿に、エルトリンデは嫌な予感が止まらない。再びじわじわと地下室の空気の緊張が高まる。

 カリカロネはエルトリンデの肩に手を置いて耳元で囁いた。




「守って♪」

「え?」




 守って、とはどういうことか。

 エルトリンデが尋ねようとする前にカリカロネは後ろに大きく跳躍した。

 スカートを翻し音もなく着地するカリカロネ。スカートの裾を軽く持ち上げると、この黒と青の髪の女はよく響く声で厳かに、それでいて朗々と再度の自己紹介を行った。



「私の名はカリカロネ、カリカロネ・エッペルドルフ・クィン・グルネイラ」



 再び自らの名を告げたカリカロネに対する魔女たちの反応は様々だ。



 エルトリンデの他、アーリエリエに加えて未だに名も名乗っていない2人の女は困惑の表情を浮かべている。


 フエニはその端正な顔に益々深い笑みを貼り付けて、無邪気さの中に邪気を湛えた表情で成り行きを見つめている。

 

 イーサノリスは無表情だ。根本的に相性が悪いのであろう、カリカロネに対しての好感を欠片も持ち合わせていない緑瞳は氷のように冷たい。



 出会ってから間もなくして散々と場をかき回してくれたカリカロネだ。エルトリンデが当初予定していたような話し合いの流れなど、とっくのとうに置き去りにしてこの場の中心・・に立っている。再度の自己紹介もただで終わるはずがない。守って、などと意味ありげな言葉を残されては尚更である。



(…中心?)

 ここにきてエルトリンデは自分がなにか致命的な見落としをしていることに気付く。


(中心に立っているのはカリカロネ)

 

 いや、違う。


(中心に立っているのは……私とフエニ)

 

 確かに会話の中心に立っているのはカリカロネである。だが、それは実際の立ち位置までも中心であるということとは違う。

 エルトリンデの後部への不自然な移動と「守って」というカリカロネの言葉。

 一体カリカロネを何から守れというのか、最初からその答えは示されていた。


 

 カリカロネが現在立っている位置から見て、エルトリンデとフエニを挟んで対角線上にいる人物……



 イーサノリス・ハリリエイラ



 先程、考え込むような様子を見せていたが今は何か確信を持って、その凍てつく瞳を向けてカリカロネの口から放たれる決定的な一言を待っている。

 

 


「我がグルネイラは英雄の血脈。大フェルリアート聖国聖統十二家が一門、第十二位」




 ああ、どうして気づけなかったのか。これで気づけ、と言うには無理があるだろう。

 いや……、言い訳はよそう。ヒントはカリカロネ自身の口から既にこぼれ落ちていたのだ。


『ふふ、貴女なんて他人行儀な呼び方はやめてちょうだい。私の名はカリカロネ、カリカロネ・エッペルドルフ・クィン・グルネイラよ。もっとも、200・・・年以上も続いた我がグルネイラはもうこの世の何処にもない。今の私はただのカリカロネ……、親しみを込めてカロネと呼ぶことを許すわ』

『答えられない? では質問を変えましょうか。あなた達は竜族が滅びてから何年後の生まれなのかしら?ああ、ちなみに私は大体200・・・年くらいになるわね』




「紋章は竜の首を掲げる鉄の騎士」




 地下室に冷気が満ちる。

 今度は先程の冷気の比ではない。体の表面にまで氷膜が走り、罅割れ、また凍る。そのサイクルが段々と加速していく。

 魔女の肉体とドレスのおかげもあって肉体的なダメージは皆無であるが、精神的な重圧はまた別である。先程は黒と金の髪の女の制止の声で止まってくれたが、今はもうその段階はとっくに過ぎているであろうことは込められた殺気の量と密度から容易に推し量れる。




「伝わる竜器は黒鱗を打ち付けし大剣『星亡空』」




 『ふぅん……そういうこと』

 カリカロネがイーサノリスの目的を聞き、最初に竜の象徴たる幼雛鱗を目にしたときはどうだった?

 何故、200年以上も前に滅びたという竜族の証を見て即座に事情を察する事ができたのだ?


 全くもって度し難い。己の間抜けさ加減に辟易する。気づいたからといって、どうなるというわけでもなかったかもしれないが、少なくとも一方的に盾代わりにされる未来は避けることができたかもしれないというのに。



 だが、もう遅い。カリカロネの口から決定的な一言が放たれる。



「そんな感じで、竜族を殺して鱗を売りさばいて大儲けして、ついでに貴族になったのが私のご先祖様でした~! ……なんちゃって。 まあ、過去のことは水に流して仲良くしてくださいな♪」


 カリカロネが誰に対して仲良くなどと宣ったのかは言うまでもないだろう。 

 エルトリンデは咄嗟に炎壁を貼り、爆風を利用して真横に大きく飛び退る。

 カリカロネを守るためではない。自身の危機を感じ取ったが故の反射的な行動である。

 殆ど無意識の行動であったが、魔女となったことにおける恩恵であろう、今まで発動した中でも最高と言える精度の魔法行使であった。

 

 だが、エルトリンデは自身の技の冴えを素直に喜ぶことは出来ない。

 質量すら有する鉄をも溶かす炎の壁も、薄紙の如き頼りない妨げでしかないからだ。

 


「ええ、仲良くさせてもらいましょうとも。だから、先に地獄で待っていて下さい」

 イーサノリスがエルトリンデ達の前で初めて笑顔を見せた。蕾の綻ぶようなという言葉はこの女のためにあるのだろうと、誰もが納得する花のような笑顔である。

 もっとも、その花弁の美しさがギラつく氷刃の美しさと変わらぬ暴性を持ち合わせていることもまた、万人が異論を持たずに認めるところであろう。

 



「では、さようなら。 カリカロネさん」




 瞬間、爆轟

 



 常人であれば手足が凍りつき、紅蓮の花の如き血の欠片を内側から撒き散らしながら絶命する超低温の嵐が地下室に吹き荒れる。カリカロネに対するイーサノリスの返答は空間ごと引き裂かんとする超音速による氷槍の発射音であった。


 それが3本同時。


 炎壁を物ともせずに突き破りカリカロネに向かって飛翔する氷槍のそれぞれ異なる軌跡を、エルトリンデの悪竜の如き瞳が捉える。エルトリンデの立つ場所から軌道を外してくれたのだということは分かるものの、掠めただけで末端から捩じ切られんばかりの回転と威力には肝が冷える。咄嗟に、瞳の力で威力を減じさせた・・・・・が、それとて、本物の竜の怒りを前にして如何ほどの効力があったものか……

 このまま氷槍が突き進めば、カリカロネを粉々に爆砕しながら氷塵に変える未来が訪れることに疑いようはない。










 そのはずであった。



 










「あっぶないなー」



 間延びしたあどけなさの残る声。その声の持ち主であるフエニの手の中に、白煙を上げながら空気が抜け出すような音を立てる氷槍が握られている。右手に2本、左手に1本。驚異的な回転は鳴りを潜め、すっかりおとなしくなった氷槍であるがその冷気は健在である。本来なら、触れているだけで全身が凍結し、氷の彫像と化すほどの超低温に侵されているはずの小さな両手が氷槍を軽く握りしめる。



「はい、ぱっきーん」

 小気味のよい澄んだ音が鳴り響く。



「あー、ちべたいちべたい」

「…は?」


 カリカロネを粉々に砕くはずであった氷槍3本全てが欠片も残さずに砕け散って消えた。同時に、地下室全体に満ちていた冷気が霧散する。


 誰かが目の前で起こった信じ難い出来事に思わず声を洩らした。しかし、一番驚いているのは氷槍を放った本人のイーサノリスである。右手を上げて氷槍を放った状態のまま、瞠目する。

 自身の魔法を以てして練り上げ、必殺を確信して撃ち出した速度・威力・精度・発生速度・貫通力・付加された冷気、あらゆる面において非の打ち所がないと自負する一撃……いや三撃である。エルトリンデによって多少は減衰させられたとはいえ、それでも片手で掴んで止められるような代物ではない。

 例えば、これがエルトリンデと同じようにして魔法やそれに類する方法で防いだと言うなら、心情的に納得できるかどうかは別にして、頭ではまだ理解できる。

 だが、自分より頭2つは背の低い少女に素手で掴みとるなどという荒唐無稽な方法で止められるなど、どうやって想像できようか。



「ありがとう、フエニちゃん。エルトリンデちゃんもね」

「もー、このくらい避けるなりなんなりできるでしょー」



 加えて、現在のフエニがいる位置。

 一瞬、いや半瞬前までエルトリンデの隣にいたはずが、今はカリカロネのすぐ前で手を叩いて払いながら文句を垂れている。



「有り得ません……!」


 もし、目の前の事実をありのままに受け取るならばこのフエニという少女は、音速を超えて飛翔する氷槍を先回りして、それもそれぞれ全く違う軌道を描くそれらを丁寧にも一本づつ掴み取るなどという離れ業を行ったことになる。更にはどういった絡繰りを用いたのか冷気を物ともせずに、魔法で鍛え上げた下手な金属よりも硬い氷槍を容易く割り砕いて消し去るなど、フエニの行動のどれ一つをとってもイーサノリスの言う通りに正しく『有り得ない』という言葉が相応しい。



「しゅぎょーが足りないよー」

「くっ!」



 それならば数を増やすまでだ、とイーサノリスは先の10倍30本の氷槍を展開する。


 人一人どころか地下室を消し飛ばして地上の教会を氷漬けにしてもまだ余りある過剰な本数である。最早、形振り構っていられないとばかりに撃ち出された氷槍が、全て丸ごと蹂躙して消し去ってくれんと大気を爆発させる。









 だが









「だから、しゅぎょーが足りないって」

「っ!」


 

 全ての氷槍が小指1本分の距離も進むことなく四散する。


 いつの間に移動したのかフエニがイーサノリスの目の前に現れ、襟首を掴み上げて下方から腹を蹴り上げた。

 フエニとイーサノリスを中心にして、金属と金属をぶつけ合わせたような轟音で地下室全体が振動する。



「ほいっと」

「ぐはッ!」



 竜鱗を失ったとはいえ竜の、それも魔女として新生して強靭に生まれ変わったはずの肉体が悲鳴を上げる。臓器を損傷したのかイーサノリスの口から押し出された血の塊が吐き出された。膝から崩れ落ちそうになるイーサノリスであったが、フエニはそれを許さずにその場で大きく弧を描くようにして今度は顎を蹴り上げる。



 再び轟音、そして沈黙



 フエニがイーサノリスの襟首を手放す。糸が切れた人形のように倒れ伏すイーサノリスに視線が集まる。

 地上における最強の生命体と謳われた竜が僅か二撃で沈められた。実質的に最初の一撃で決着はついていたようなものであったが、崩折れる時間が惜しいとばかりに更にもう一撃を無慈悲に叩き込んだフエニ。何かを確かめるように宙に浮かせた片足を揺れ動かすと納得がいかないように一言つぶやく。



「うーん、やっぱり生きてた頃の1割も出せなさそうだなー。 あれ? 今も一応生きてるのかな?」








 エルトリンデは目の前の光景についていけそうになかった。


 




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