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瀝青

 いきなりち込んできた黒と青の髪の女に一同の注目が集まる。

 


貴女あなたは、私の話の一体どこがおかしいと仰るのですか?」

 イーサノリスが聞き返した。表面上、穏やかではあるがその声音は固い。



 先のイーサノリスの話に疑念を呈された以上、事と次第に寄っては同盟の分裂もあり得る。

 エルトリンデやアーリエリエも内心では穏やかでいられない。

 何より、一族の滅亡の歴史を語ったイーサノリス当人の内情などは言うまでもないだろう。黒と青の髪の女に対する怒りの感情が垣間見える。


 だが、そんな彼女達には頓着せずに、イーサノリスの質問をわざとらしく躱して、黒と青の髪の女は多分に馴れ馴れしさを含ませながら自らの名を告げた。


「ふふ、貴女なんて他人行儀な呼び方はやめてちょうだい。私の名はカリカロネ、カリカロネ・エッペルドルフ・クィン・グルネイラよ。もっとも、200年以上も続いた我がグルネイラはもうこの世の何処にもない。今の私はただのカリカロネ……、親しみを込めてカロネと呼ぶことを許すわ」

「そうですか。丁寧なご挨拶ありがとうございます、カリカロネ・・・・・さん。ところで、先の私の質問にはまだお答えいただけていないのですが、一体私の話のどこがおかしいと仰るのでしょうか?」


 今度は完全に感情の消え去った声でイーサノリスが再度の質問をする。気の所為かもしれないが地下室の気温が一気に下がったようにエルトリンデは感じた。



(って、ちょっとこれマズいんじゃないのかしら)


 違った。自らの呼気が白く染まっていることに気付くエルトリンデ。

 気の所為ではなく、実際に気温が下がっているのだ。

 イーサノリスから漂い出した、冷気混じりの殺気が徐々に空間を蝕んでいく。

 パキリ、パキリとイーサノリスの足元から薄氷が罅割れながら広がっていく。

 



「はあっ…はあっ…はあっ…はあっ…!」



 緊張が高まった地下室内には魔族の少女の浅い呼吸の音が、いやに大きく響く。寒さではなく、すぐ目の前で死の気配をばら撒いているイーサノリスに怯えているのだろう。肘を抱いて肩を小刻みに震わせる少女の前に、庇うようにして立った黒と金の髪の女がイーサノリスに怒鳴りつけた。


「おいっ貴様っ! 今すぐにこの冷気を止めろっ!」



 イーサノリスと黒と金の髪の女の間で視線が交わり合う。


「……」

「……っ!」


 金属を擦り合わせたような幻聴を響かせる視線の交錯に、エルトリンデも固唾を飲んで見守るしかない。



「ふぅ…」



 イーサノリスは周囲を一瞥すると、一息ついて謝罪した。


「申し訳ありません。私もこうして、他人と顔を突き合わせて話をするのには慣れていない身でして、皆様に対して失礼な態度を取ってしまいました。どうかご容赦いただきたく存じます」


 地下室に広がっていた冷気が嘘のように霧散する。


(はあ…)

 エルトリンデを含む幾名かが心の中で安堵の息を吐き出す。一触即発の空気ではあったものの、とりあえずではあるが難は去ったようだ。


 エルトリンデは改めてカリカロネを眺める。イーサノリスの脅しの効果があったのか、無かったのか、傍目には分からないものの、今のところは大人しくしている。

 というよりも本気を出していないだろうとはいえ、冷気という物理現象すらを伴うイーサノリスの殺気を真正面からぶつけられて、微笑を崩さずに平静を保てるカリカロネの胆力は異常である。とてもではないがエルトリンデと同年代の女とは思えない。


 やはりこの女も魔女に選ばれるだけのことはある。

 エルトリンデは、元より高いカリカロネに対する警戒心を数段引き上げた。


 しかしながら、今の段階ではまだ結論を出すには早い。ここは一つ、見物させてもらってからでも遅くはないだろう。むしろこのカリカロネという胡散臭い、元貴族らしき女を見極めるにはいい機会なのかもしれない。




 同じ質問も3度目とあってかカリカロネも説明する気になったようだ。

 エルトリンデはイーサノリスとカリカロネのやり取りに注視する。


「さてカリカロネさん、今度こそお話し頂いてもよろしいでしょうか」

「うーん、そうねえ…。別にイーサノリスちゃんの昔話自体は本当のことだと思うわ。でもね、話の正否に関してはそもそも私は重視していないの。だって当人以外にとっては分かりっこない事でしょう?

 問題はまた別、これはイーサノリスちゃんだけじゃなくて私達全員に関わる話でもあるわ」


 話の正否は重視しないというカリカロネの言に対して、では一体何なのだという視線が突き刺さる。それもイーサノリスだけではなく全員に関わる問題と言われれば、なおのこと気になって仕方ない。

 その思考に被せるようにしてカリカロネの口から決定的な一言が告げられた。



「ねえ、アンタ達っていつ死んだの?」

「はあ? いつ死んだってそれは……」


 何を言い出すのかと思えば、いつ死んだのかという単純な質問。無論、答えられない訳がない。

 だが、口を開きかけたその時、エルトリンデの脳内に無視できない違和感が走る。そして、その違和感は次第に恐怖を伴って襲いかかってくる。



「答えられない? では質問を変えましょうか。あなた達は竜族が滅びてから何年後の生まれなのかしら?ああ、ちなみに私は大体200年くらいになるわね」

「200年……!」


 閉鎖的な村であったことに加えて、師を含む年長の村人たちが誰も話したがらなかったため、エルトリンデが知ることの出来る外についての情報は大きく制限されていた。

 それ故に、エルトリンデが竜族について知っている事といえば、せいぜいが身体的特徴と滅びた事実程度のものである。いつ滅んだのか、までは知る由もなかった。だが200年と聞けば、驚かざるを得ない。


 イーサノリスが思いつめたように俯き考え込んでいるが、カリカロネはそれを無視してエルトリンデに向き直った。



「エルトリンデちゃんだったわよね」

「……なによ?」

 エルトリンデは早鐘を打つ魔晶製の心臓を抑えつけて危険な思考を停止させようとするが、カリカロネはそれを見逃さず、また許すこともなかった。





  この女の言うことを鵜呑みにしてはいけない。




「最初に魔法使いだと言っていたけれど……」




(やめろ、それ以上言うな)

 だが、獲物を目の前にして嗜虐的な笑みを浮かべるカリカロネには、エルトリンデの願いを聞き届けるつもりはなかった。
















「私が知る限りでは竜族だけではなく、魔法使いもとっくに滅び去った存在なのよ。少なくとも100年以上も昔にね」

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