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荷物の中身

「この程度なら造作もありませんよ。ドミニク、袋を1号に渡してください」


 ドミニクが1号に袋を渡す。華奢な見た目とは裏腹に、1号は特に苦労した様子もなくその重い袋を受け取った。中身が生き物であろうことは予想がついているので、1号は受け取った袋をウィルマーの前に慎重に下ろす。



「またぞろ妙なものを持ってきたのではなかろうな」

「何かの生き物のようですが…」

「どうぞご確認下さい」

 微笑むセミナーテに確認を促されたウィルマーが1号に向かって頷く。

 1号が袋の紐を開くとウィルマーは一瞬息を飲む。袋を開いた1号も、現れたものに驚いたのか無表情のまま固まった。



「驚くべきか、呆れるべきか。これをここに運ぶまでに君がいったい幾らつぎ込んだのか検討もつかんよ」

「私からウィルマー達へのささやかな贈り物です。なに、私の懐具合を気にする必要はありません。丁度、あぶく銭を余らせていたところでしたからね」



 袋の中から現れたのは眠っている男だ。骨格は人間と大差は無いだろう。顔の作りもあまり変わった部分はない。しかしその男は明らかに人間とは異なるパーツを額に備えていた。

 青く輝く人差し指ほどの長さの突起物。男の額には宝石のように光り輝く角が生えていた。


「ウィルマー博士、この人間……いえ、この生き物は…」

 袋の中から現れた荷物の正体に、1号は信じられないモノを見た、とばかりにウィルマーに生き物の名前を尋ねる。







「魔族だな。この時代に聖都で生き残りを見ることになるとはな。長生きはしてみるものだ」

 






 魔族。



 

 かつて魔王の旗元で人類と絶滅戦争を繰り広げた人類の敵対種族である。

 概ね人間と変わらない身体構造をしているものの、人間とは異なって全ての魔族は生まれつき体の外部に表出した器官を備えており、成長とともにその大きさを肥大化させていく。形状は鱗であったり角であったり、瞳や爪と様々であるが、いずれも光り輝く鉱物状の物質で出来ているために一目瞭然で持ち主が魔族であると分かる。

 この器官は魔導器官と呼ばれ、その正体は超高純度のグリムライト結晶の塊であり、それ単体で人間が使っている魔導具のような役割を果たす。魔導具ほどの汎用性はないものの、この器官を用いて発せられる魔族の力は凄まじい威力を誇るため、かつての戦争で人間は大いに苦しめられた。

 現在の人間が使う魔導具は魔族の力に対抗するために、魔導器官を模倣して作られた物が始まりである。戦争当時は鹵獲した魔族の体から剥ぎ取った魔導器官をそのまま組み込んで使うだけの、雑な作りの魔導具が主流であった。

 それでも劣勢であった人類にとっては反撃の要となる代物であり、7代目の勇者の代で一気に勢力図は逆転し、人類生存圏から魔族を駆逐するに至る。戦争末期の勢力の弱まった魔族など、もはや人類にとっては狩りの獲物でしかなく、魔導器官を剥ぎ取るために多くの魔族が狩られていった。


 尤も魔族はただ狩られて死んでいくだけの獲物ではなく、後に人類は大きなしっぺ返しを喰らうことになるが……。








「ヴァルクニフ、一体どこで見つけたのか聞いてもいいかね?」

「もちろん、構いませんとも。というより、その話が今回の主題でしてね」


 話してみろ、とウィルマーはセミナーテに促す。1号も興味深そうにセミナーテを透明で無機質な瞳で見つめる。明らかに厄介事の匂いがするが、二人共に今は興味のほうが上回っていた。

 勿体ぶらずに早く教えろ、という二人の期待に答えてセミナーテは結論から話す。



「実は生き残りがいたようなんですよ。それも結構な数の魔族が隠れて生き延びていたようでして、今日はウィルマーに狩りのお誘いに来た次第です」

「なるほど、確かに心惹かれる話だな。魔導器官は人間が使うにはそれなりの工夫がいるが、単体でも強力な魔導具になり得る。人魔大戦当時の技術では、それこそ殆ど使い捨ての代物であったが今ならば……ということかね?」

「流石はウィルマー、理解が早くていらっしゃって助かります」



 現行の魔導具の多くはグリムライトを初めとした魔導媒体を用いて作成されており、魔導媒体の質と純度が高ければ高いほどより高品質の魔導具を作ることが出来る。それこそ、オーバー・イレブン・ナインの超高純度グリムライト結晶を用いれば国宝級の魔導具を生み出すことも可能であろう。


 だが魔導器官を用いて作られる魔導具は更に上を行く。


 通常では魔導具を作成する際に、専門の魔導技師が核となる魔導媒体に魔導陣を刻むことで初めて魔導術が発動するようになる。媒体の大きさや質にもよるが、人の手によるものである以上はどうしても刻める術式の量は制限されるために魔導具自体の性能にも制限がかかる。

 対して魔導器官には驚くべきことに最初から魔導陣が刻まれているのだ。それも人が刻むものより遥かに複雑で精緻な魔導陣が刻まれており、当然ながら汎用性という面では劣るものの、欠点を補ってなお余りある性能を発揮する。それこそ地形が変わる程の魔導術であっても当たり前のように発動できる上に、中には物理法則すら書き換えるほどの代物も存在する。

 そもそもが魔導具自体が魔導器官の再現から始まっており、今存在するあらゆる魔導具は魔導器官の劣化品に過ぎない。サンプルたる多くの魔導器官が戦争で消費されてしまったために魔導技術の進歩も遅々として進まないのが現状である。その道の専門家でもあり、どうしても成し遂げたい目的のあるウィルマーは忸怩たる思いを募らせていた。

 


「ふん、世辞は結構だヴァルクニフ。それで? その生き残り共が隠れているのは何処なんだね?」

「少しばかり都合の悪い場所です。ウィルマーもよく知っている場所ですよ。今のようになってから訪れたことは無いと思いますが」


 

 曰く、血と背徳の坩堝

 曰く、屍肉を啄むカラス共の楽園

 

 常人が一度足を踏み入れれば二度と外に出ることは敵わない。

 その場所の名前は……



「マハラウール公国交易都市ブランヘルム旧市街西部。どうやら彼らは人界の吹き溜まりでひっそりと生き延びていたようです」

「そうか……」


 ウィルマーは瞑目する。

 一見すると、昔に思いを馳せるようなウィルマーの姿は年齢相応の老人の姿に見える。だが、ゆらゆらと立ち昇る聖気の迸りを見れば老人を常人ではないと誰もが理解できるだろう。口にはしないもののドミニクなどは皮肉げな老人が見せた鬼気に、これほどのものかとある種の感動を覚えていた。やはりこの老人も外れている・・・・・。ドミニクの主であるセミナーテと同様に、人のまま人を逸脱した存在が静かに佇んでいる。


 セミナーテは特に気にする様子もなく床に転がる魔族の男を指して続ける。


「この魔族の男から得た情報によると、どうやら匿っている人間がいるようです。ブランヘルム旧市街を牛耳る4つの勢力の内の一角、『地を這う蛇』とやらが縄張りの中に魔族を囲っているらしく、衝突は免れないでしょう。幸い他の3つの勢力はこちらから手を出さなければ不干渉を決め込むことも分かっています」

「ほう、いかんなあ。魔族は人類の仇敵。それを匿うなど人類全体に対する裏切りであろうよ」

「ええ、誅罰を与えねばならないでしょう」


 くく、と喉を鳴らして笑いながらウィルマーは杖を床に叩いた。はっきり言ってしまって誅罰などどうでもいい。久々に身の内から込み上げてきた熱い滾りに、ウィルマーは溢れだす笑いが押さえきれない。


「なるほど、謝罪しようヴァルクニフ。先程、君に性急に事を進めすぎていると言ったが私も同じ穴の狢だ。これだけの餌を目の前にぶら下げられては走り出さずにはいられない。私は君の若さに嫉妬していただけだったようだ」

「いえいえ、ウィルマーは十分お若いですよ。あなたはただ忘れていただけです」

  

 ウィルマーはセミナーテの誘いを受け入れた。


「老いた我が身ではあるが、ここに来てツキが巡ってくるとはな。運んで来たのが君でなければ小躍りしたいくらいだよ。いいだろう、私が直接出向くことにしようじゃないか」

「そう仰ってくださると信じておりましたよ、ウィルマー。あなたとあなたの人形達の助けがあれば正に千人力、秘密裏にことを運ばねばならない今回は特にあなたの力が必要です」

「今回、声をかけたのは私だけかね?」

「他は所要のある者と能力的に向かない者、性格的に向かない者、絶対に来ない者と、何処にいるのか分からない者です」

「私が適任ということか。ならば期待には応えてやらねばならんな」



 旅の準備をしなくてはなるまいと、ウィルマーは僅かに釣り上げていた口の端を大きく釣り上げる。


 老人の名はウィルマー・カクレイティア・コライゾフ・ヒュクローニフという。天勇教全聖職者の最高齢でもあるその男は『知恵の聖者』の称号を冠している。


1号はウィルマーが久しぶりに喜ぶ姿を見て、透明で無機質な瞳を僅かに輝かせていた。



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