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語り部の青年

「……かくして勇者は魔王を打倒し世界に平和をもたらしたのであった」

 


 語り部の青年がいつものように『勇者物語』を語り終えると、いつものように酒場の端で喝采が響いた。


「いいぞ!流石勇者様だ!」

赤ら顔の酔っぱらいが勇者に称賛を送る。


「神に感謝を!」

敬虔さとは程遠いようなケチな商人も神への感謝を欠かさない。


「この時代に生まれてこれてよかったわ!」

派手な化粧の女は平和な時代に生まれた幸運を喜んだ。


(下らねえ。なんだこの気持ち悪い人形共は)

対する語り部の青年は木箱に投げ入れられる銅貨や銀貨を端目に、冷えついた内心を笑顔の下にひた隠す。そんな青年の横から野太い声が発せられる。



「よおシュラ!今日も大繁盛じゃねえか!」



(相変わらず声のでけえ木偶野郎だ……。)

「ええマスター、おかげさまで稼がせてもらってますよ」

そう言いながら酒場のマスターに場所代を渡す。儲けの5割、高いと見るかやすいと見るか人それぞれだろうが、青年は妥当な額だと思っている。だから渡す。いつものように渡す。



「しっかしなあ、おめえの爺さんがぶっ倒れてからはどうしたもんかと心配したが、なかなかどうして様になったじゃねえか」

「いえいえ、俺なんか祖父に比べたらまだまだですよ」

いつもの世辞に対していつものように謙遜で返す。ああ、この流れはいつもなら次は……。



「ほれ、いつもの・・・・



 酒場のマスターがいつものように酒精だけが高い安酒の瓶を手渡してくる。

「いつもありがとうございます」

「いいっていいって、瓶はいつもと同じとこに返しといてくれよ」

青年はいつものように酒場のマスターに礼を言い、いつものように別れを告げ、いつものように店を後にし、いつものように帰路を歩く。いつものようにいつものように……。




(あああああああっ!いつも!いつも!いつも!いつも!いつも!)




 心の中で憤る青年の名はシュラ・ブックスローネ。ここマハラウール公国交易都市ブランヘルムの新市街にある、それなりに大きな酒場で、2代目の語り部を務める男である。















 ◇


 ブランヘルムが交易都市として栄えるようになったのは今から150年前、神から遣わされた勇者が人類の大敵である魔王を打倒し魔王領を人類領に塗り替えた事に端を発する。

 

 旧魔王領に眠っていた人類領では産出されなかった鉱物、人類領には生息していない動植物、次々と見つかる新資源にマハラウール公国は大いに湧いた。しかしマハラウール公国にはそれらの資源を各地に運び込むための中継都市が存在しなかった。

 

 それも当然のことで、戦時のマハラウール公国に求められていたのは人類のために、魔王領からの進軍を堰き止めるストッパーの役割であった。国外から資源を受け入れる用意はあっても、国外へ資源を送り出す用意はなかったのである。

 

 王都エルシュテインには急遽、科学者や経済学者、地政学者に神学者、果ては錬金術師など詐欺師紛いの者まで集められ、喧々囂々話し合いと殴り合いが行われた。

 

 そうして白羽の矢が立ったのがブランヘルム、武装都市の名を冠する人と魔を分かつ境界を指す場所であった。






「あー、つまんねえなーちくしょー」



 安酒をちびちび飲みながらシュラはいつもの・・・・帰路を歩いていた。



「今日は特に何もありませんでした」

 シュラがもし日記をつけていたらこの文面で埋まっていることだろう。

毎日同じような話を語って聞かせ、日銭を得る。ただそれだけの毎日。


 人によっては、何を当たり前のことだと感じるだろう。

だが、シュラにとってそれは、ひどく耐え難い苦痛に他ならなかった。

 

 せっかく祖父の溜め込んだ蔵書から学んだ知識や、語り部の稼ぎをつぎ込んで得た魔導の技を活かすことも出来ず、ただ他人から求められた語り部としての姿で振る舞う。語り部を辞めようにも周囲から止められるし、仮に辞めたとしても他に就ける職はない。



「憎いなあ……いっそ全て焼き尽くしてしまえたらいいのに……」



 良からぬ考えが鎌首をもたげる。誰が死のうが生きようがどうでもいいが、そんなことをすれば直ぐに人敵扱いされ、たちまちのうちに首と胴が泣き分かれるだろう。そもそもシュラにそんな力はない。


 では、何もかも燃やし尽くす力と全てを払いのける力があればそれを用いるのかといえば……



「下らねえ、ガキの寝物語じゃあるまいし」

 そんなことしてどうなる、と鼻で笑う。



 だが……

「だがそうだなあ、仮にそんな力が俺にあったとして……例えば人魔海峡を渡る橋を落とすとか、王権の象徴である円塔に公王の首を括り付けるとか、ハハハッいっそ魔族の生き残りを探し出して魔王に祭り上げてやろうか。そういえば最近は魔女とかいう連中が幅を利かせているそうだが利用できるんじゃないのかっと……」

 急に酔いが冷めたのかシュラは我に返った。冬を超えたと言っても吹き付ける風はまだまだ冷たい。


「いけないいけない、こんなこと天勇教会の連中に聞かれたらそれこそ物理的に首が吹き飛ぶ」


 シュラは襟を締めると足を前に出す速度を上げる。こんな日は酒をしこたま飲んで、体を暖めてさっさと寝るに限る。いっそ走って帰ろう。そうすれば頭の中も少しはスッキリするだろう。一度立ち止まって深呼吸をし、いざ走り出そうとしたその時……。



「……なんだ?」



 なにかに袖を引かれた気がして脇を見れば暗闇がぽっかりと穴を開けていた。


 ブランヘルム旧市街……、誰もが見たくないものを押し込めた古き時代の掃き溜め、その入口。


 ゴクリと生唾を飲み込む音が一際大きく響く。シュラが幼い時分より、祖父から入ってはいけないと厳しく言い聞かされてきた場所だ。何があるのか聞いても祖父は答えてくれなかったし、新市街の人間に聞いても知らないとしか返ってこないだろう。時刻は既に深夜に達しており周囲は薄っすらと月明かりと手に持った魔導灯の明かりが照らすばかり。暗闇よりもなお暗く、旧市街への入り口は抗い難い誘惑をもってシュラを誘った。



「 少し覗いて見るだけ。

  ほんの少し覗いて見るだけで危なくなったら引き返せばいい 」 

 そう言ってシュラを引きずり込もうとしている。



 これは魔物の口だ。ここに入れば二度と戻ってこれないかもしれない。入ったその瞬間には口が閉じられ胴が真っ二つに裂かれるか、じわりじわりと咀嚼され生き地獄を味わうのか。ああ……



「それでも……」

 


 何かが変わるかもしれない。この誘惑に逆らえるだけの余裕がもうシュラには残されていなかった。



 



 いつもの帰路で毎日のように目にしてきた魔物の口、変化を求めるシュラが飛び込むのは必定だった。

怪しい裏道に入るか入らないか


→入る

入らない

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