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深夜の訪問

 ジルトアリスとセミナーテの乗った純白の馬車が、暗い聖都の道を行く。やがて、アールブフェスト聖堂の前に着くと、セミナーテはジルトアリスにねぎらいの言葉をかける。


「ジルトアリス様、本日はお役目お疲れ様でございました」

「はい。セミナーテもお疲れ様です」

 

 ジルトアリスも同様にねぎらいの声をセミナーテにかけると聖堂の中へと消えていった。

  


 夜中であっても煌々と、消えることのない聖火の光が聖堂の中から漏れ出している。邪なる者は決して近づくことは出来ないとされる聖なる炎だ。

 幾重もの警戒装置と結界が張り巡らされたアールブフェスト聖堂は霊的にも物理的にも聖国では聖王城を上回る堅牢さを誇る。あとは教会の騎士たちがジルトアリスを守ってくれるだろう。

 セミナーテの聖女の守護者としての今日の役目はここまでだ。


 最後までジルトアリスを見送るとセミナーテは浮かべていた笑みをそのままに、御者へ支持を出す。



「ドミニク、馬車を変えますよ」
















 ◇


「セミナーテお嬢様、あっしを拾って取り立ててくれたのはありがたいと思ってはいるんですがね。流石にこれは御者の仕事の範囲を超えてはいやしませんかね? ただでさえ今日は仕込みを終えた後だって言うのに」

 ドミニクと呼ばれた、光の灯らない死んだ魚のような目の御者がセミナーテに文句を言う。

「ふふ、ちゃんとお給金はお払いしますよ」

「そういうことを言ってるんじゃないんですがね」

 人一人入りそうな革袋を背負いながらドミニクは嘆息した。そんなドミニクに構わずにセミナーテは続ける。

「行きますよ」 



 セミナーテとドミニクは大きな屋敷の廃屋……に見せかけた秘密の隠れ家の前にいた。荒れ放題の庭を横切りながら、大量の蔦が覆う如何にもな風貌の屋敷の本邸へと近づいていく。

「何度来ても気持ち悪くて、ここには近づきたくねえ……」 

「この場所には実際に余人に近づかれると困りますからね。強い忌避感を感じるような人避けの結界が張られているようですよ?」

 私には通用しませんが、とドミニクのつぶやきを拾ったセミナーテが答える。扉の前までたどり着くとただでさえ生気の薄い顔を更に青くするドミニクとは対象的に、セミナーテは今にも鼻歌を歌い出しそうなほどの機嫌の良さを見せていた。

 セミナーテが屋敷の扉のノッカーを叩くと、静かに音を立てて鍵が開けられる。


「セミナーテ・クリミナリテ・トルメイキア・ヴァルクニフ様ですね。お待ちしておりました。ドミニク様もようこそいらっしゃいました」


 感情の篭もらない声が歓迎の意を伝える。手を前に合わせて一礼しながら、開かれた扉の先で待ち受けていたのは、使用人の服を纏った透明に輝く瞳の少女であった。明らかに人間ではないその少女になんら臆することなくセミナーテは友人に対するように挨拶をする。ドミニクは小さく無言で首を下げる。



「こんばんは1号、今日もお元気そうですね。ウィルマーはどうしていますか?」

「はい1号は元気です。ウィルマー博士は奥でお待ちです。どうぞご案内いたします」


 使用人の少女、1号の案内でセミナーテとドミニクは屋敷の館内を進んだ。屋敷の外観とは裏腹に館内の床は掃き清められ塵一つ落ちていない。セミナーテは、エプロンドレスを揺らしながら案内をする1号の背中に声をかけた。



「先ず1号を私との間に挟む辺り、ウィルマーは相変わらずのようですね」

「あまりウィルマー博士を責めないで上げてください。ヴァルクニフ卿の御力には特にお気を割いておいでです」

「おっと、私は味方に刃を向けるような女ではありませんよ。ウィルマーとはこれからも上手くやっていきたいですからね。お土産も用意していますよ」


 これは心外、とドミニクの背負う荷物を指してセミナーテが言う。人目につかないように何度も馬車を変えて運び込んだ荷物だ。今は眠らせて・・・・暴れないようにしているものの、息苦しいのか、中からは時折硬質な擦過音混じりの呼吸音が聞こえる。



「ウィルマー博士による被造物である1号が申すのは少々憚られますが、ヴァルクニフ卿はとても聖職者とは思えません。確か天勇教の教えでは悪行には神罰とやらが降るのでは?」

「フフっ。今こうして何事もなく1号と楽しくお喋りが出来ているのですから、女神様も私の行いをお認めになっているということでしょう」

「左様でございますか」


 とりとめのない会話を続けながら一行は飾り気の無い扉の前に辿り着いた。1号が扉をノックし訪問者の到着を伝える。


「ウィルマー博士、ヴァルクニフ卿をお連れしました」

「入ってくれ」



 しわがれた声に応えて1号が扉を開くと中から現れたのは上等な黒いビロードを纏った老人であった。右手には杖を持ち体を支えている。ひと目で貴人と分かる姿をしているが片側の口の端を僅かに上げた皮肉げな表情がどことなくその老人を胡散臭いものへと見せていた。

 1号の無機質な視線を感じながら、セミナーテが老人に挨拶を行う。


「こんばんはウィルマー、お元気そうで何よりです」


 老人、ウィルマーは麗しの聖者の挨拶に対して皮肉で返す。

「聞いたぞ、ヴァルクニフ。君の方こそ最近は随分とよろしくやっているそうじゃないか。旧魔王領の開拓の件、あれは君の仕業だろう?」

「さて?なんのことやら私にはとんと覚えがございません。確かに私の悲願ではありますが、議会での聖女様の御威光があったまでのことですよ」


 あくまで態とらしく白を切るセミナーテに、ウィルマーは皺の入った顔をより皮肉げな表情で上書きした。


「ふん、まあいい。議会など所詮はただのごっこ遊び。開かれた政治とやらが行われていると内外に錯覚させるには丁度いい目くらましであろうよ。君が聖女をどう扱おうと私の非難するところではない」

「これは悲しい誤解ですね。私はジルトアリス様に歴代最高の聖女の称号を贈って差し上げたいのです」

「そして君は歴代最高の聖女を支えた、歴代最高の聖者として歴史に名を残すというわけかな? 旧魔王領の開拓を成功させたとなればその称号は不動のものとなるであろうな。だが、今回といい、邪魔な貴族共の粛清といい、あまりに性急にすぎるのではないかな。物事が上手くいっているときほど思わぬ歪が生まれているものだよ。そして歪に気づかずに突き進んだ先で待っているのは悲惨な結果だけだ」



 老人の苦い経験からの忠告。



「ご心配いただきありがとうございます。しかし、ここからは危険な橋を渡るような真似は致しませんよ。ジルトアリス様の代に変わる前に全ての瑕疵は取り除いてあります」


 ジルトアリスの聖女としての記録は全て栄光で埋め尽くさねばならない。

 血腥い粛清劇は前代で全て終わらせ、聖国の枢要にはセミナーテにとって都合のいい人間ばかりを配置した。セミナーテのも合わせればもはや国内に邪魔するものはいない。聖者の繰糸は大フェルリアートという神威を完全に縛り上げていた。


「君がそういうのであれば、私から言うことはもう何もないよ。私に利があるうちは、いくらかは協力しよう」

「感謝いたします」




 さて、と話を切り替えたウィルマーはドミニクの背負っている荷物を指して言った。

「その程度の荷運びは危険な橋のうちには入らないということかな?」



 

ブルスクでテキストデータ全部消えた絶望

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