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化粧

 純白の馬車が道を通り過ぎるたびにすれ違う者たちが頭を下げる。元来自己評価の低いジルトアリスからすると、自身が酷く場違いな立場に立っているという感覚が消えない。セミナーテには言いこまれてしまったものの、乗っている馬車の件も含めて自身には分不相応なのではないか、期待を裏切ってしまったらどうしようか、という不安が溢れ出してくる。

 先程は街にいた貧困者達に同情するような発言をしたものの、もしかしたら聖女として期待されていることへのプレッシャーから目をそらすために、哀れな人々を逃げ道にしただけなのかもしれない。本当は自分のことだけで精一杯なのだ。果たしてそんなジルトアリスは聖女として本当に相応しいと言えるのだろうか

 気心の知れた相手であるセミナーテ一人の前だからこそ気負わずにいられるものの、自分より遥かに年上で経験を積んできたであろう高位聖職者、それも大勢の前で威勢を保ち続ければならないなど、ただの小娘には荷が勝ちすぎる。

 自分など教会の雑巾がけでもしている方がお似合いのはずだ。ジルトアリスはこっそりとため息をついた。



「はあ…」


 もうすぐ目的地であるエルドラン大聖堂に辿り着いてしまう。

 少しは聖女としての職務に慣れてきたと思った矢先、こんなに沈鬱な気分になってしまったのは、きっと今日の夢見が悪かったからに違いない。早く起きすぎて手持ち無沙汰だからと誰もいない聖堂で時間を忘れて歌っていたら、セミナーテに聞かれてしまった。いくら上手いと言われようともやはり他人に聞かせるようなものではないと、思い出して顔がまた赤くなりそうになる。

 

 

「到着しました」

 顔をこね回して百面相をするジルトアリスに御者台から無慈悲な言葉が告げられる。大聖堂にある高位聖職者……、というよりは実質聖女専用の停留所に馬車が停まった。



「さあ、着きましたよ、ジルトアリス様」

「はい…」


 気が進まない。はっきり言って帰りたい。

 表情が顔に出てしまっていたのか、セミナーテに窘められる。


「もう!ジルトアリス様にはしゃんとしていただかないと!」

「うう…ごめんなさい」


 いよいよもって申し訳ないと謝ったものの、だからといって気分が好転するわけでもない。


「ジルトアリス様、失礼いたします」

 そんなジルトアリスに業を煮やしたセミナーテがジルトアリスの頬を両手で掴んだ。そして……



「わっわっ!わぷっ!ちょっ!なにをっ!?」


 有ろう事かジルトアリスの顔をもみくちゃにした。上へ下へ左へ右へ四方八方に捏ね回す。宣言通り、本当に失礼を働くセミナーテにジルトアリスは抗議の声を上げた。


「なにをするのですかっ!」

「いやあ、ジルトアリス様はまっこと玉のような肌の持ち主でございますね。触っていて飽きがきません。私も女として羨ましい限りにございます。なにか美容の秘訣でもあるのでございましょうか?」

 怒られても飄々とした態度を崩すことなく、セミナーテはジルトアリスの頬の柔らかさを褒め称える。



「なんでこんなことしたんですか?」

 

 突如、暴挙に及んだセミナーテに訳がわからない、と乱れた白い髪を整え、頬を擦りながらジルトアリスは問いかける。するとセミナーテは優しく微笑んでこう言った。


「少しはお元気が出ましたか?」

「むっ」


 そう言われてしまってはジルトアリスには何も言い返すことができない。元はといえば腑抜けていたジルトアリスに原因があったのだ。それを取り除こうとしたセミナーテの責を問おうとしても、ジルトアリス自身に返ってくるのみである。


「むう、セミナーテはズルいです」

 元気が出たか、と言われれば出たと言わざるを得ない。心の陰鬱さもセミナーテのめちゃくちゃな手の動きによって一緒に解されてしまった。



「いつもの調子に戻っていただいたようで何よりです。さて、少しばかりお化粧が乱れてしまっておいでですので、お直しいたしますね」

 失礼します、と今度こそ失礼のないようにセミナーテはジルトアリスの顔にかかったヴェールを取り去り、乱れた部分を拭き取ると、慣れた手付きで手早く化粧を施していく。

「もう……二度手間じゃないですか」

「はいはい、申し訳ございません。ジルトアリス聖女猊下」

 元々、薄くしか施されていなかったジルトアリスの化粧はすぐに直される。これなら誰が見ても、見た目だけなら聖女であることに異を唱えることは無いはずだ。化粧箱を閉じると、セミナーテは優雅な所作で馬車から降り立った。



「では時間も迫ってまいりましたし、そろそろ参りましょうか」

 次いで反対側から扉を開けてジルトアリスの手を取り、セミナーテはジルトアリスの降車を助ける。丈の長い聖衣は裾を踏むと転んでしまうため、セミナーテのこういった気遣いは有り難い。特に聖衣を着慣れていないジルトアリスは、既に何度も転びかけてはその度にセミナーテの手によって転倒を防がれている。

 馬車を下りたジルトアリスは、そっとセミナーテの耳元に近づくと礼を言った。





「……ありがと」



「ふふっ。いえいえジルトアリス様の乱れたお化粧を整えるのも、慣れない聖衣を着てあたふたするのを眺めるのも私の楽しみでございますから」

「もうっ!本当にセミナーテは意地悪ですっ!」










 掛け合いも華やかな主従はエルドラン大聖堂の中へと入っていく。

 その様子を御者台から降りた御者が、光の灯らない瞳でじっと見つめていた……





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