銀の鎖と無骨な鍵
こういった頑丈さが取り柄の大きな建物は旧市街においてはしばしば反社会的な組織の根城に使われる。しかしこの教会からは人間どころか虫や鼠といった小さな生き物のいる気配すらない。なにより降り積もった埃が人の出入りの無さを証明している。裏口を利用している可能性もあるが、いくら後ろ暗い連中でも普段は正面玄関を使うはずだ。なぜならこれだけの大きくて目立つ建物を専有しようとするなら、自分の縄張りであると主張する必要があるからだ。これほどの建物が手を付けられずに放置されている理由は定かではないが、どうやら無人で間違いはないようだ。
堂々と正面から入ってしまって問題ない。
鍵はかかっていなかった。教会の扉を開けた先は闇だった。だが、闇の中に飛び込むのは夢の中で門をくぐる際に既に経験している。今更恐れることなどない。躊躇無くシュラは教会の中へ踏み入った。
「暗いな。明り取りの窓も曇ってやがる」
勇んで教会の中に入ったが流石にこうも暗いと探索に支障が生じる。
「明かり明かり……と」
今となってはグリムライトを初めとした魔導燃料を用いた魔導灯が光源の主流として君臨しているが、昔ながらの教会や墓地など、厳かな雰囲気が優先される場所では今でも蝋燭が現役だ。これほど古い教会なら当然備えはあるはず、と入り口付近を手探りで探すとすぐに目当てのものが見つかった。結構な本数の古びた油紙に包まれた新品の蝋燭と着火剤の枯れ綿が埃を被ったまま残っている。いったいいつの時代から使われるのを待ち続けていたのか定かではないが、ありがたく使わせてもらう。
棒状の火打ち石をカチカチとぶつけ、枯れ綿に火を点ける。湿気ていなくて助かった。燃え上がったのを確認すると、その火を蝋燭に移し替えて燭台に差し込んだ。これで探索が捗る。
燭台片手に教会の奥へと、シュラは進んでいった。
「それにしても本当にボロボロだな、ここは」
礼拝所の壁と高い天井には見事な宗教画が描かれている。しかし、誰からも手入れも修復されることもなく放置されていたため往時の輝きと荘厳さは失われており、掠れて消えてしまうのを待つばかりだ。
更に進んで、祭壇を見るがそこには本来安置されているはずの女神像が存在しない。装飾の施された立派な台座が寂しげに置かれているだけであった。礼拝堂の中にはなにもないようだ。
次の探索場所へ向かう。
(さて、教会の奥には居住スペースがあるはずだが)
礼拝所の隅にある朽ちる寸前の木の扉を壊してしまわないようにゆっくりと開ける。共用廊下のようだ廊下を進むと炊事場や洗濯場を見つけたが今は用はない。更に奥に進むと階段が目の前に現れた。
階段を登ると目の前に談話室と薄く書かれた扉がある。入ってみると椅子とテーブルが置かれているだけで他には家具一つ見つからない。ハズレだ、次の部屋に向かう。
どうやら教会の規模に対してここで暮らしていた人間の数は多くないらしい。
朽ちたベッドと机の置かれた部屋がいくつかあったが、ベッドにはマットレスが敷かれておらず机の中身は空であった。
最期に教会の統括者、司祭の部屋へと入る。2階の一番奥の部屋だ。
空っぽの本棚、机の引き出しを開けても何も入っていない。ここもハズレかとシュラは踵を返したが、そこで立ち止まる。
ふ、となにか引っかかりのようなものを覚えたシュラは、頭の中に思い浮かべた教会の地図と司祭の部屋の間取りを照らし合わせてその違和感の正体を探る。
「この部屋、少し狭くないか?」
同じ階の他の部屋の間取りに対してこの司祭の部屋はわずかに狭い。
違和感の正体に気づいたシュラはもう一度司祭の部屋を探った。そして本棚をに前に引き出すとそこには下へと続く大きな穴が開いており、錆びた鉄の梯子がかかっていた。天井には運搬用の滑車がかかっている。
当たりだ。
傷が痛むが、もうそんな些末なことはどうでもよかった。梯子を掴んで下方へ降りていく。赤茶けた錆が降りかかるが全く気にならない。最下部へと降り立った。
「ここは、地下か」
降りてきた距離から逆算して判断する。一階を通り越して更に下まで降りてきたようだ。秘密の隠し部屋への入り口を隠すには実に上手いやり方だ。まさか2階から地下へ行く通り道があるなどとは思わないし、入り口分のスペースだけを用意すればいいため、直接2階に隠し部屋を作るよりも隠蔽がしやすい。更には隠し部屋のスペース自体もより広く確保することができる。
隠匿性に加えて面積の確保までできるこの方法の欠点は、設計時から建築終了時まで多くの人間に地下の隠し部屋が露呈することである。これだけ大きな教会の大掛かりな仕掛けだ。権力者の助けなしには完成することはなかったはずだ。この教会の工事に携わった人間の最期が明るいものでなかったのは間違いない。
(まあ、俺が見つけてしまったわけだがな。居住スペースはダミーだったってことか)
運搬用の滑車がかかっていたことから、ここに何か他者に見せられない物が運び込まれていた事は明白だ。思い返してみれば、この教会の居住スペースには人が住んでいた形跡が一切なかった。もっぱらその秘匿しなければいけない目的のために使われていたのだろう。
この教会の建てられた本来の目的は信者たちの祈りの場などではない。そもそもおかしな話ではないか。どうして教会の周りを中から周囲が一切見えない程に高い壁で囲んで守らなければならなかったのだ?
確かに教会にはいざとなれば籠城するための拠点としての機能がある。この教会が建造されたのがまだ人間と魔王との間で戦いが終わっていなかった頃ならなおさらだ。だが、やはり、それでも、おかしい。 いったいどうしてそんなリソースをかける必要があったのだ?
勇者を7代にかけて次々に消費してもまだ足りない総力戦だったんだぞ?
シュラが見たことのある当時の記録でも余裕を感じさせる部分は一切なかった。それがどうしてここまでこの教会に人と資材を投入したんだ?
「そもそもここは旧市街の中なのか?」
よくよく考えてみれば、これほどの教会に旧市街の悪漢共が手をつけていないことにも引っかかる。だが、そんなことよりこの先が気になると、シュラは辺りを蝋燭の火で照らした。
扉がある。これもまた、鉄でできた大きく重く頑丈な扉だ。ちょっとやそっとじゃ破れそうにない。
「鍵がかかってる……」
扉には鍵がかかっていた。当たり前だ。ここまで秘匿性の高い隠し部屋に鍵がかかっていないわけがない。そもそもここまでトントン拍子にこの場所まで辿り着いた事自体が幸運の連続だった。
ここで幸運も打止めか、とシュラは悔しそうに頭を掻いて腰を叩くと……
ジャラっ
「は?」
何かがズボンの左手のポケットの中に入っている。恐る恐るシュラはポケットに指を入れてそれを取り出す。
美しい銀細工の鎖に繋がれた無骨な鍵が左手の中にあった。
こんなものズボンのポケットに入れた覚えはない。いったい何時、何処で手に入れたものなのかどんなに記憶をたどっても答えは出てこない。
「いや、そんなわけ無いだろ」
まさか開くわけがないと言葉の上では否定しつつも、予感に導かれるまま手に持った無骨な鍵を鍵穴に入れるとピタリと嵌まる。そのままそれを差し込んで捻ると、僅かな抵抗を後に引くようにしてガチャリと音を立てて引き抜かれた。
「開いた……」
開いてしまった。ありえないことに、持っていなかったはずの鍵を用いて鍵を開けてしまった。
鍵を再び左ポケットにしまったシュラは、これ以上考えるのをやめた。一生を費やしてもここで答えを出すことは出来ないだろう。
それよりもこの先に何が待ち受けいるのか、そちらのほうが気になる。
「いよいよご対面ってわけか」
シュラは扉に手をかけると待ちきれないとばかりに一気に押し開く。
シュラを光が包み込んだ。
完全にホラゲの探索パートと化してますね
持ってるはずのないキーアイテムをいつの間にか持ってるパターンあるある