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開演のアリア

 怒声と助けを求める声、断末魔、最後に祈りが木霊する。


炎に焼かれる者

「やめろ!」

足元から氷に閉ざされる者

「いやだ!」

体の末端から溶かされていく者

「死にたくない!」

見えない何かから逃げる者

「助けて!」

物言わぬ塊に縋り付く者

「お父さん!目を開けて!」


救いようのない愚か者

「神よっ……!」



 地獄という場所は目を閉ざした者のすぐ側にこそある、という言葉は誰が言い放ったものだっただろう。

 

 魔女の一人はこう思った。


「地獄とは目を開けていようが閉じていようが、人という存在にどうこうできるものではない」


 路地を一つ曲がれば腐臭とうめき声のカクテルを味わうことができるし、あの小さな孤児院からは毎夜の如く響く子供の絶叫と豚の咀嚼音を聞くことができる。浄化を名目に焼かれた村々には香ばしい肉の匂いがこびりつき、街道脇の茂みには骸が隠されている。こういった小さな地獄は我々の目の届かぬ場所で常に蠢動を続け、時として当事者でさえ、そこが地獄であるとは気づけない。



「ならば……私が目をこじ開けてやらねばならない」



 自分たちがいかに脆弱な木組みの上に立っているのか、その濁った瞳に刻みつけるがいい。目を瞑ったまま崖下に落ちていくなど許さぬ。地獄を地獄で上塗りしてやろう。それこそが人という頸木を外された魔女の役割。


 魔女は叫ぶ。 

「天より見下ろし嘲笑う悪魔よ!いたずらに絶望を撒き散らす神とその尖兵共よ!

見るがいい!これが怒りだ!

お前たちの終わりを告げる磔刑台はお前たちのすぐ真横にあるぞっ!」



 悪魔は哄笑する。「よくぞ吠えたな、楽しませろよ砂粒風情が」と。

 神は瞠目する。その横顔には何も孕むことはない。



 燃え盛り凍りついた暗黒の魔天には魔女の声とアニマの嘶きが響き渡る。

 


「あの夏の空の色を思い出せない……」

首を落とされた鷲頭獣は死者も生者もなくその爪で引き裂く


「偽りの幸福を標榜する者たちへ血の報いを」 

瞳を穿たれた一角獣は怒りに任せるまま蹄を振り下ろす


「身を苛む寒さが消えない」 

皮を剥がれた人魚は慟哭と怨嗟の歌を歌い黄泉路へと誘う


「安らぎはまた遠くあるのだろうか」 

足を断たれた不死鳥は決して死をバラ撒くことを止めない


「主上の道を阻むものは決して近づかせない」 

腕をもがれた鬼はあらゆる者の腸を引きずり出して地に曝す


「次は甘いモノがたべたいなぁ」

腹に大穴の空いた三頭犬は善悪の区別なく只々貪り食う


「ほらほら!生きてればいいことあるって!」

舌を抜かれた淫魔は絶望に沈む者の耳元で悪意を込めて囁く



「始まるぞ!始まるぞ!」

 退屈を嫌う誰かの期待に応え、異形のオーケストラの下、天に轟く太鼓の音とともに開幕のアリアが唄われる。

 「さあさ、笑覧あれっ!!

 

 今宵、ここに始まるは魔女と神の尖兵達による盤上遊戯!

 最後まで観覧できるかどうかはお前たちの運と実力次第!

 なんなら舞台の上に飛び込んで来てくれても構わない

 老いも若きも男も女も王も奴隷も聖人も悪人も骸を晒す亡者たちでさえも!

 この至上の終末歌劇で正気を失うことは許されない!

 手足が腐り落ちても一心不乱に踊り狂え!」

 

 ああ、始まってしまった。最後に、これを見るお前たちにはこの言葉を送ろう。




 「誰も寝てはならぬ」

 





悪役主人公っていいよね

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