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第五話 アレキサンドライト

 ペットショップを訪れた後、次のデートに着るための服を互いに選んだり、家に飾ったら映えるようなものを雑貨屋で見て回った。ちょうど集合時刻から3時間近く経っていて、お昼時は過ぎてしまっていたのでモール内のレストラン街を散策していると、偶然一番最初に目に入った喫茶店に入ることを決めた。


 来る前に食事を軽く済ませていた俺は別に構わなかったが、空腹じゃないのか、と千葉に聞いたところ、彼女もそこまで空いていなかったらしい。


 よって同意を得たところ、珈琲ショップ「アイオーン」という喫茶店に入店したのである。


 古風溢れる赤橙色のランプ、二つの大きなシーリングファンが天井から吊り下げられていて、さっきまで歩いていたモール内とは別の世界に来たのかと思わんばかりに暗い内装だった。


 カウンター席の反対側、テーブル席に座ることにした俺と千葉は、二人とも軽いお茶程度にブレンドコーヒーを注文した。


「なんだか、レトロ感が溢れる場所だね」とシーリングファンの回転部をじっと眺めながら千葉は言った。


「いつも行く店、ってかこの前行った『アッティモ』はどちらかというと若い人が結構いたからな、たまにはこうやって渋いところに行くのも悪くないだろ?」


「またぁ、そうやって、トモったら良い店選んでくれちゃってーー。私のために考えたデートプランだったのかぁ?」


「じゃなきゃ他に誰を誘う話になるんだよ」


「まぁねぇーートモに他の女の子に好かれているのは見たことがないし、だからといって自分から食事に誘うような人でもないしね」


「余計なお世話だ」


「でもだからこそ、安心できるんだけどね」


「ん、なんか言ったか?今、聞き捨てなれないような言葉が千葉の口から出たと思うんだが」


「言ってませんーー!!ただの聞き間違いですぅ」


「やっぱ言ったんじゃねーかよ」


 内装に合わせて静かに会話が盛り上がる。普段とは違うシチュエーションにまたいつもと違ったところからテンションがあふれでてくる。けれど、これまで以上に楽しい人生が、小さな綻びか何かですぐに崩れてしまわないか、不安になっている自分もいる。


 俺は、やっぱりぐちゃぐちゃだった。


 注文していたコーヒーが届き、俺は砂糖を2匙程度、千葉も同じく2匙程度入れて、同時に口にした。


 ほんのりと甘い心地よさが口のなかに広がったと思ったら、じんわりと苦味が舌の上から伝わってくる。熱い液体が体の中心部から末端へと染み渡るように体を芯から暖める。俺は二度、コーヒーを口にすると、カップの下にあったソーサーに音を立てずに置いた。


 千葉はというと俺よりも先に一口飲んでいたためか、カップをすでに置いたままこちらをじっと見つめていた。瞳孔が開いたまま、微動だにしない姿はさながら俺の心の深奥を覗いているように見えた。


 すると、気が変わったのか、単に見つめるのが飽きたのか、詳しくは分からないけれど、唐突にある質問をしてきた。千葉は頬を掌に当てながら、そこまで興味は持っていないと言いたげに。


「ねぇ。イルミネーションに行った日のこと覚えてる?」


 まるで、俺が行ったことを忘れているのではないかと疑うような言い方で、疑問に思った。彼女とのデートの思い出を記憶しているか確認するなんて普通はしないだろうと思ったためだ。そんなことは当たり前に共通認識を持っているのだから。

 

 俺は聞き返した。


「逆になんで聞くんだよ?忘れるわけないだろ?」


 心配そうな顔つきをしていたように見えたのは気のせいだったのだろうか。こんなにも笑顔を見せてくれる人なのに、ちっとも悲しそうな目をしていないのに、虚ろ気な彼女の姿を見出してしまったのはただの俺の幻想だったのか。


 何事もなく、軽率に聞いたとばかりに、


「いやいやぁ、一応だよ。よく念には念をっていうでしょ?」


 と俺はどうにも千葉は愛想を振り撒いているようにしか見えなかった。確かな理由があるわけでもないのに。


 「じゃあさーーこれ見てよ」と言いつつ、千葉はおもむろにコートのボタンを上から外していき、着ていたブラウスの胸元部分をさらけ出した。同時に俺は咄嗟に彼女から視線を逸らす。


「なあにーー?トモったら直視できなくて思わず恥ずかしがってるわけ?またぁ可愛いところもあるねぇ」


「ちげーーよ。ってか、いくら店内に人がいないって分かってても外で脱ごうとするな」


「てことは家とかならいいってこと?家ならトモも恥ずかしがらずに見れるってわけ?」


「話をすり替えるな。俺は外で脱ぐなと言っているんだ。何も恥ずかしがっているわけじゃない」


「ふーーん。それならそれでいいけど、なら問題はすでに解決してるじゃん」


 「なに?」と俺は視線を彼女に戻すとなるほど合点がいった。


「別に上着を脱いだだけなんだからいいでしょ?それともそれもダメってこと?そこまで彼女に求めると言うのはさすがに私としても引くよ?」


「ちがう。そういうわけじゃない。ただ勘違いしていただけだ。だが・・・何で脱ぐんだ?そこまで室内は暑くないじゃないか?むしろ肌寒いぐらいだ」


 現に俺もコートのまま喫茶店に入り、そのまま過ごしている。珍しく暖房はあまり効いていないようなので外と平均気温はそこまで大差ない室温となっている。


 すると、千葉は右手を胸元に突っ込み、赤い小指の先程度の宝石を取り出した。


「どうこれーー?けっこう可愛いと思わない?」


 宝石だけではないらしい。宝石が埋め込まれたネックレスだった。


「赤く輝いているってことはルビーか?」


「ふふん。それは違いまーーす。これはね、アレキサンドライトって言って、光によって色が変わる宝石なんだ」


「ずーーっと同じ色だと飽きちゃうでしょ?」


「そんな理由で選んだのか・・?」


 数秒足らずして頷く千葉。彼女らしいといえばらしい理由だった。けれど、違った。彼女の本当の真意というのは全く別のようで、もっと比喩めいた、言い伝えのようなもので。それでいて自分の運勢がよくなるようにと、願うような、らしくない答えだった。


「ほんとはね、あのイルミネーションを見てから、よーーく考えて買ったんだ」


「ね?イルミネーションってさ、なんで街路樹とかにわざわざつけているのか知ってる?ビルとかタワーでもなくて、ただの木に飾り付けている理由だよ」


「そこまで詳しく知らないが、たしか木に飾り付けることで、そこに宿る精霊から身を守ってもらう。そんな話があったような覚えはある。前にも言ったような気がするけどな」


 だからあの時、シャンパンゴールドの無数の光を見た時、思わず「精霊」だと思ってしまった。まるで街全体を覆いつくしながら、守ってくれる守り神のように。


 そしてあの時、イルミネーションを実際に見に行った日、千葉もそれに同意した。


「そういえば、そうだったね。っでも、トモったらいきなり正解は出さないでよーー」


「へいへい。んで、それと何か関係でもあるのか?」


「ぶーー。まだ分かんないの?要するにそれと同じ原理で今度は私自身を守ってもらおうかなって思ったんだよ」


 単純な考え方で、そこまで奥深く考えていないはずだと、思ってしまう。


「千葉らしいな」


 それなのに彼女を目の前にすると、そうじゃないんじゃないかとも思ってしまう。これが、もしかしたら本当の千葉なんだと、何の理由も無しに決めつけようとする自分がいる。


「なあ。もう出ないか?ちょうどコーヒーも飲み終えたことだし、頃合いだと思うんだが」


 そう言いつつ、俺は強引に外へ出る理由を作り上げてしまったが千葉は表情何一つ変えることなく「そうだね!!」と賛同した。


 そろそろ帰り時かもしれないと思いつつ、俺は身に着けてきた腕時計を確認する。


 次にどこへ向かおうか、時間はあとどれくらい余っているのか、考えていたとき。


 俺は真っ先にとある決断が生まれた。


 喫茶店から出てショッピング街に行こうと先に歩みを進めていた千葉を引き留め、俺はこう言った。


「千葉。もう帰ろう」

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