ボーナストラック:いつかの君へ
これはとある冬の話。
東京郊外から離れた一軒家に住む夫婦。辺鄙なことも、違和感もなく、よくある家族。周りからは仲睦まじいなどと噂される、よくいる円満夫婦である。
「今年のクリスマスは何処に行く?」
「いきなりどうした?いつもはテキトーに家で過ごそうって言ってるのに、珍しいじゃないか」
「何よー、学生の頃を忘れたの。あの頃はイルミネーションやらレストランでデートやらしてたじゃない」
夫は無言。
「あーーそうですか無視ですか。そうだよねー、学生の頃の記憶なんて覚えてないもんねー。何せ、事故で一部の記憶を失ってた、のですものねえ」
「わ、わかったわかった、どこか行こう、それでいいんだろう?」
「むう、何その投げやりな感じ」と膨れっ面をする妻。胸元に煌びやかな装飾を時折、夫に見せつける。
「な、この前ボーナスが入ったばっかってのに、またネックレスを買わせるつもりなのか……」
「そーーでーーす」
妻は笑顔で夫に飛びつく。ソファに座る夫に飛び乗った。さながら猫のように。そして夫の顔を下から見上げて言った。
「でも私のじゃなく、あなたのね」
「ん、俺の?」
「そそ。私ばっか貰ってるしさ、それにさっきの学生の話してたら思い出しちゃって」
「今付けてるネックレスって、俺があげたやつだっけか」
「うん。ちょうどあの事故が起きた翌年の冬にもらったやつ。今は緑っぽく見えてるけど赤くなったり、別の色に変わって綺麗だよって教えてくれたじゃん」
「よく、覚えてるし、長持ちしてるな……」
妻は首からさげていたネックレスを外し、手持ち無沙汰に掌に乗せた。
「ねーーー。今までつけてたのは壊れちゃったんだけど、あなたに貰ったこのネックレスだけは壊れないの。変よね」
「壊れないのはいいことじゃないか」
そう言って夫は膝の上に座る妻を隣のソファに下した。
「それで俺が自分のネックレスを買うことと何のつながりがあるんだ?」
「そんなの簡単じゃなーい。同じこのネックレスを買うのよ。それでペアルックってこと」
「ペアルックって言うのかそれ……」
「いいじゃんいいじゃん」と妻は駄々をこねた。対して夫は自分の年齢が頭に過ったのか、あまり印象は良くない。
「しかし、今はもう学生じゃないんだしなあ」
「年齢なんて関係ないでしょーー、どーせ、人と関わること少ないんだし」
「たしかにそうだが……」
夫は渋る。するとソファの目の前にあったテレビにニュースが流された。
『今日はとある家族にお邪魔させていただいてます。こちらが○○さんのお宅です』
夫は凝視する。その姿を妻は見て、やはり膨れっ面。
『有名な動画配信者のお宅なのですが、あ、いらっしゃいました‼こちらが有名な二匹の子猫、●●くんと●●ちゃんですね……』
夫は我に返ったように横に座る妻に目線を合わせる。すると、妻はもうすでに忘れていたようだ。
「なにこの子猫ーー、かわいいね。もしかして番いなの!?素敵ー-」
さっきまで話していたことから路線が外れた妻。しかし、そんな姿を見て夫は不意に笑顔になる。
「なーに、他人の横顔見て笑ってんのさ」
「いや、昔のことを思い出して」
「なにそれ、私知らないんですけど、まさか元カノ話ですか、あーそうですか」
「そうかもしれないし、違うかもしれないな」
夫は笑いながら答える、呼応するように妻は「なにそれ!?」と驚く。
「ただ、俺は君のことが好きだ、今も昔も」
「いまさら、改まって言われるとこっちが恥ずかしいんですけど」
笑い合う夫婦。忘れることはないあの記憶。心残りはない、ただ一つの記憶。忘れなくてはならない記憶。
「彩花」
「智」
呼び合う互いの名前。
これはどこか仲睦まじい夫婦の話。