イケメン王子様系幼馴染は壊れている
『型落ちのPCさえアップデートするというのに!』
そう貴方は上司に言っていましたよね。
「サナ、大好き。サナは僕のお姫様だ。」
いい加減、アップデートお願いします。
『お姫様』な私は十五年前に死んだんです。
色素の薄い栗色の髪を整え、高そうなスーツをオーダーメイドのように着こなすこの男性は人目をはばからず私に抱きついて頬ずりをする。
もちろん、顔も超極上。
色白は七難隠すといいますが、毛穴一つ見当たらないその肌は整い過ぎた顔をより目立たせる。
「早く僕だけのお姫様になって。」
小さな顔を近づかせ、髪同様に色素の薄い瞳でウットリと私を眺めていますが…
コレ、社会人としてアウトですから!
何故周りに注意する人は居ない!?
オフィスの中をぐるりと見渡すが、目が合うと皆が視線をサッと逸らした。
イケメンって何でもアリなのかよ!
元『お姫様』のサナは心の中で叫んだ。
平社員の自分が言うのもなんですが、錆び付いた中小企業に不釣り合いなイケメン王子様が現れたのは私が入社してすぐのことだった。
「付いて来ちゃった。」
これまでずっと内緒にいたはずなのに、彼はサナの動向を調べ、まさかの大企業からん転職までしてやって来たのだ。
イケメンはストーカーまで許されるなんて、聞いてない!
その容姿故にいくらサナをストーカーしたとしても、周囲の友人、知人、家族でさえ黙認し続けてきたのである。
それが嫌で、大学卒業を機にみんなを騙して、一人暮らしをしつつ就職したと言うのにこのザマだ。
「皆川さん、彼と…柴崎さんとお知り合いなの?」
徒党を組んだ女性社員が私、本名皆川サナを取り囲み尋問する。
柴崎とは、あのクソイケメンストーカーのことです。
あと、背中に当たるトイレのタイルが冷たいです。
「幼馴染なんです。」
「本当に?」
「本当に、ただの幼馴染?」
「もちろんです!」
出ました!集団尋問!またの名を集団裁判!
あ、でも大丈夫です。慣れましたから。
いくつかのやり取りを終え、無事に私は席に着いた。
バチッと柴崎と目が合う。
最悪です。
その後、女性社員は私に柴崎の事を聞きに来なくなりました。
一言よろしいですか?…もっと根性見せろよ!
そしてあの男をテイクアウトしてくれよぉお!
派遣の方が一度根性を見せてくれましたが、ちょっと危ない方向に持って行ってしまい、リングからアウトされました。
そして柴崎は有能さをこの会社でも遺憾無く発揮して私の周囲を固めていく…
あ、終わった…
半年後には柴崎は同期入社であるはずの私をアシスタントとして置くようになってしまった。
柴崎は場所を弁えず、甘い言葉を発していく。
「サナ、サナは可愛いね。居るだけで仕事が捗るよ。」
いや、仕事させてください。
普通、新人には教育係をつけるでしょう?
何故、こんなイレギュラーをしなければならないのだ。
他の社員もみな、柴崎に気を使い、サナに雑用さえ回したりしない。
そう、サナは今社内ニートである。
一体、何の拷問だ!
「早くお嫁に来ないかなー」
柴崎はご機嫌な顔で呟く。
そうか、それが貴様の狙いか!
仕事は辞めん!こうなったら徹底的にこの職にしがみついてやる。
寿退社など誰がしてやるか!
サナは見つけた雑用を奪ってでも勝ち取っていった。
「うむ…」
若輩者である私は手帳とにらめっこしていた。
雑用にも限界があり、もう整理する書類も印刷するものも何もない。
お茶も大体の人に配り切ってしまった。
残ったのが、我が宿敵である柴崎の観察である。
中身はどうあれ、仕事はできる、それをどうにかして自分のスキルとして身に付けたい。
徹底的にメモしては自分なりにフローチャートを作ってみた。
そしてサポートする時もそれを参考にできるかぎりのことをした。
「少し早いですが、ここで昼食を食べて午後の案件について詰めませんか?」
サナが出先で柴崎にそう言うと、柴崎は驚いた顔をしていた。
「今同じ事言おうとしてたからびっくりした。何だかんだ長年連れ添った夫婦みたいだね。」
とろけそうな優しい笑顔でこの男はふざけるのだ。
連れ添ってはいないが、長年付きまとわれていたせいか、柴崎の癖やタイミングが分かるのは少し助かっている部分はある。
「早くお仕事を貰えるように、頑張っているだけです。」
睨みつけたい…が、ここで目を合わせれば、勘違い男はキスをしようとしてくるだろう。
それは未遂だが、過去に経験済みである。
セクハラを超えているのに、警察に相談しても柴崎の顔を見るや否や私に迷惑そうな目で見るのだ!
「サナは笑って側に居てくれるだけでいいんだよ。」
くっさぁ!!
手足をもいで動けなくする戦法なのは知ってんだよ、ヤンデレ野郎!怖すぎんだろ!
「無能な私が好きなんですか?貴方は?」
サナの眉間に皺がより、目が鋭くなってしまう。
「無能でも、有能でもサナが大好きなんです。存在しているだけで愛しいのです。」
ぺっ。
サナは心の中で唾を吐いた。
サナは今でこそ地味で目立たない人間であるが、幼い頃は大層可愛くて有名だった。
サラサラで真っ直ぐな黒髪に、黒目がちでまつげの長いつぶらな瞳を持ち、肌は透き通るように白い。
まるで白雪姫だと人はいったものだ。
それで、近所で親同士が仲が良く、容姿が良かった者同士、サナと柴崎はひとまとめにされていた。
『姫』と『王子』として。
幼過ぎて恋とかではなかったが、二人は将来結婚するとサナも信じて疑わなかった。もちろん、コイツも。
ただ、私は歳をとるごとに地味になっていき、小学校に入る頃には『姫』の面影など微塵もなくなってしまった。
その時の周囲の反応と言うと、とても残酷だ。
それまでちやほやしてくれていた人達は蜘蛛の子を散らすように消えていった。
子どもは素直だし、大人も意外と正直で、実際に実の祖父母さえも態度は変わっていたと思う。
それは裏切りのように初めは感じたが、当たり前のことなのだ。
私には価値が無くなってしまった、それだけ。
それでも態度の変わらない柴崎は、思えばあの時から壊れていたのだ。
「『アップデートもできないポンコツは廃棄しろ!』とおっしゃっていたじゃないですか。仕事のできないポンコツも廃棄でしょう?」
サナは柴崎に冷たい視線と共に自身が過去に発した言葉を投げつける。
「サナの可愛らしさと美しさは日々成長している!」
柴崎はサナを追い詰めるように至近距離でサナの素晴らしさを本人に解く。
サナの冷たい視線は柴崎の輝かしいオーラによっていとも簡単に跳ね飛ばされ、サナの言葉もヤツのポンコツ色眼鏡とポンコツ思考回路によってポンコツ回答で返されてしまった。
今すぐその色眼鏡ごと目潰しで、思考回路は膝で叩き割りたいですっ!
「壊れているみたいですね。その頭廃棄した方がいいですよ。」
強く抗議したとしても、周りの騒音となり迷惑を撒き散らかした挙句、自分が疲れてしまうだけだと知っている。
サナは公序良俗に反する柴崎の顔の近さに顔を逸らし、冷たく言い放つ。
「サナが可愛すぎて思わずキスしたくなる。」
話が通じませーん!
日々改悪アプデートを重ねる幼馴染にサナはいつまで振り回されるのだろうか。
サナが諦めを知る日が来るのを柴崎は虎視眈々と今も狙っている。