堕ちた奇術師
石畳の道を大勢の人々が行き交い、真上から降り注ぐ日差しが噴水の水に反射している。ここはリュッケン王国の王都ピアッツェ。その中でも商店が多く集まっている商業区だ。
そこに周りをきょろきょろと見回している男がいた。男の名はフレディ・ルッツ・カールスルーエ。見て分かる通り王都に来るのは初めて。昨日王都についたフレディは、宿の主人に人が集まる場所を聞いてここにきたのだ。
「あそこの噴水の前にするか」
フレディは広場の中心にある噴水前に荷物をおろした。彼の格好は、旅人らしく動きやすさを重視しているものの優美さを失っていない。一見すると旅の吟遊詩人のようであったが、彼は手に楽器を持っていなかった。
革袋から小ぶりの鍋を取り出すと、気弱そうな顔からは想像もできないような大きな声を上げた。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。稀代の奇術師によるイリュージョンショーをお見せしましょう!」
フレディはみなの視線が集まったのを確認すると、自らのマントを上へ投げ捨てた。その瞬間、マントは猛烈な勢いで燃え始め、そのままフレディの元へ落ちてくる。周りの人々から小さな悲鳴が漏れる。
しかし、炎がフレディに届くことはなかった。マントはフレディに届く直前に燃え尽き、そこから1本の黒いステッキが現れる。そのままステッキをキャッチすると片手で器用にくるくると回す。そして観客に向けてステッキを向けた。
「失礼、少々驚かせてしまいましたね。夜ならば火の魔法も映えるのですがいまは昼間。ここは後ろにある噴水の水を使わせていただきましょう」
そこからはフレディの独壇場であった。ステッキを噴水に向けるとそこから水が高く噴き上がる。ドラゴンの形をかたどった水柱はフレディのステッキさばきに合わせて自由自在に動いた。そのドラゴンを照らす色とりどりの光。観客たちはその演技を見逃すまいと、フレディの一挙一投足に注目している。
まばらだった観客も増えていき、いつの間にか広場が埋まるほどになっていた。
光と水の共演、観客のボルテージが最高潮になったところで事件は起きた。
「どけ! 道を開けろ!」
観客をかき分けて出てきたのは帯剣した少女であった。その服はシンプルでありながらも素材がよく、ある程度の地位にあるもの、あるいはお金を持っているものだということをうかがわせる。
「貴様、誰の許可を得てこんなことをしている」
「お嬢さん、そんなに怒ってはかわいらしい顔が台無しですよ」
フレディは水のドラゴンを噴水へ戻すと、水の中へ手を突っ込んだ。そこから取り出したのは氷の薔薇。それを少女へと差し出す。
「お嬢さんのような可憐な方にはこういったものが相応しい。そのような物騒なものはしまっていただけますかな」
いまにも抜刀しそうな勢いの彼女に物怖じせず、フレディは堂々とした佇まいだ。
実際少女の容姿は美しい。まだ大人の色気は足りないものの、将来美人になることは間違いないと思わせる魅力がある。
「……落ち着け、私。ここはクールに対応するのよ」
少女は怒りに肩を震わせながら、なんとか落ち着きを取り戻した。
「私の名はカリーナ・ライボルト。蒼天騎士団所属の騎士だ。この場所での往来を妨げる行為は禁じられている。許可がないのならば即刻立ち去れ」
「これは申し訳ない。なにぶん田舎者なもので王都でのしきたりは知らぬ身でして。すぐに立ち去りますゆえしばしお待ちを」
フレディは素直に帰り支度を始めた。鍋の中には十分なおひねりが入っており、彼は満足そうな笑みを浮かべた。
「みなさまお騒がせしました。次回は許可を取ってから来るといたしましょう。それではさらば!」
強烈な閃光が迸る。すでにそこにはフレディの姿はなかった。
「はあ、最後まで気障なやつだ。さあみなのもの、散った散った」
カリーナは集まっていた観客を解散させると元いた場所に戻っていった。
「ひめさ、いえお嬢様、お待たせしました」
カリーナが戻った先には、質素ながらしっかりとした造りの馬車が止まっていた。中にいたのは腰まである金髪が印象的な少女である。
「カリーナ、ご苦労さまです。これで私達も通れそうですね。しかし、先程の芸は見事でした。あれほどまでに魔法を繊細に操る方は見たことがありません」
「流浪の大道芸人にしては大したものではありましたが、あれがすべて魔法だとは思えません。きっと何かタネがあるのでしょう」
「それでもすごいですわ。いいことを思いつきました。今度の誕生日パーティーの余興としてあの方をお呼びしましょう。出席してくださる皆様も驚いてくださりますわ」
「姫様! どこの馬の骨とも知れぬやからを、大事なパーティーに招待するなんてことはできません! お考え直しください!」
「カリーナ、ここではお嬢様ですよ? それにわたくしもう決めましたの。あの殿方には必ず来ていただきます」
カリーナの主、シャルロット第4王女はこのリュッケン王国の正当な王位継承者だ。彼女の澄み渡るような青い瞳にちなみ、彼女を守る近衛騎士団は蒼天騎士団と名付けられている。
そして、今日はお忍びで城下を訪れていたのだ。
「……わかりました。お嬢様がこういうときに頑固でいらっしゃるのはよく存じております。後で使いのものを送ります」
「ありがとうございます、カリーナ。これでパーティーの楽しみがまた増えましたわ!」
ニコニコと笑うシャルロットをよそに、カリーナはこれからの苦労を考えてため息をつくのであった。
広い王都の中から1人の男を探し出すのは困難を極めると思われた。しかし、そんなカリーナの予想に反してフレディはすぐに見つかったのである。
「ここにフレディという男はいるか?」
カリーナがやってきたのは商業区の外れにある宿屋兼酒場である。すでに日は暮れており、酒場は酔っ払いで賑わってた。その賑わいの中心にいたのがフレディである。
「むむ、我の名を呼ぶ声が聞こえたな」
フレディは広場を追い出された後、あちこちの酒場でショーを披露していた。行く先々でそのショーは評判を呼び、カリーナはそれを手がかりにここまでやってきたというわけだ。
「おお、そなたは昼間のお嬢さんではないか。その節はご迷惑をおかけしましたぞ。お詫びに何か飲み物でも……」
「結構、用件を済ませたら帰らせてもらう。主よりこれを預かってきた」
そう言って手渡したのは1通の封筒である。立派な装飾に封蝋までしてある。
「これは……、リュッケン王国の紋章ですな。ここでは他の人の目もありますし、我の部屋へご案内しましょう」
「な、貴様、私を部屋を連れ込んで何をするつもりだ!」
「ククク、はっはっはっ! 心配しなくても手を出したりしませんよ。我は紳士なのでな。気に障ることがあったら、その剣で叩き切ってもらってかまいません。もっとも、お嬢さんがそういったことをお望みなら話は別ですが」
「貴様あああああああ! どこまでわたしを侮辱すれば気が済むのだ!」
「まあまあ、ほんの冗談ではないですか。それでは参りましょうか」
カリーナも言い争っていても仕方がないということは理解しており、手紙の中身を他人に見られるのはあまりよくないということも理解している。渋々といった表情でフレディの後をついていくのであった。
「さて、手紙を読まさせていただきましたが、王女殿下の誕生日パーティーですか……。我が言うのもおかしいですが、よく許可がおりましたね?」
「姫様が望んだことだからな。姫様の誕生日パーティーなのだからその意向になるべく沿うようにしている。ただし、私は貴様を認めていないからな! もし、姫様の顔に泥を塗るようなことをしてみろ。一瞬でこの剣の錆にしてくれる!」
フレディはパーティーに参加するかどうか考えていた。手紙の内容から、純粋にフレディのショーに興味を持っただけのようである。何らかの政治的思惑があるのかと疑ったが、カリーナの様子を見るにそれもなさそうだ。それに何か起こってもなんとかする自信があった。
「わかりました、その話お受けいたしましょう」
「そうか、くれぐれも姫様の名に傷をつけないようにな。迎えには馬車をよこすが、パーティー用の服装を準備しなければならんな……」
「それならご心配に及びません。こういうときのためにとっておきの一張羅がありますので」
フレディが取り出したのは漆黒のスーツである。
「なぜ旅の芸人がそのようなものを持ち歩いている」
「いつ、いかなる場所でもショーをするためですよ」
胡散臭そうな顔で見つめるカリーナであったが、服を用意する手間が省けたのは間違いないので気にしないことにした。
「では10日後のパーティーで会おう。それまでに姫様の御眼鏡に適うショーを準備しておくのだぞ」
「もちろんでございます」
フレディはカリーナが部屋を出ていってからもしばらく、頭を下げたままだった。
豪華なシャンデリアが照らすホールには、多くの貴族、有力者たちが集まっていた。親バカである国王に取り入ろうと、様々な手土産を持参している。しかし、当のシャルロットはどこか退屈そうにしながら主賓席に座っていた。
「みなさまからプレゼントをしていただけるのは嬉しいのですが、こうも同じようなものばかりだと嫌になってしまいますわね」
「姫様、他のものに聞こえてしまいます」
「あら失礼しましたわ。それにしても退屈ですわね、お父様には悪いけれど……」
揃いも揃って同じようなおべっかにプレゼント。シャルロットはパーティーが早く終わることを願っていた。
さきほどまでずっと流れていたオーケストラの演奏が止んだ。パーティーの進行役をしていた執事が拡声の魔道具を持って現れる。
「みなさま、パーティーは楽しんでいただけているでしょうか? ここで、私共より余興として素晴らしいショーをご覧にいれたいと思います。これからショーを披露していただく御仁は、姫様自らご推薦いただいた方でございます。きっとみなさまの心に残るショーをしてくださるでしょう」
ざわざわと喧騒が広がる。いままでの誕生日パーティーでこのようなことはなかったのだ。期待半分、不安半分、みなが男の登場を待っている。
「まあ、あの殿方をお呼びできたのですね?」
「はい、あちこちでショーをしていたようですぐに見つけることができました」
「さすがですね、カリーナ。わたくしワクワクしてきました」
突如としてシャンデリアの光が消える。真っ暗になったことで少なくない悲鳴が上がる。そこへ一筋の光が差し込んだ。
「レディースアンドジェントルメン! 今宵はここにお集まりいただいたみなさまに、魔法の世界をご堪能いただきましょう」
スポットライトに照らされたのは、スーツ姿のフレディであった。お馴染みのステッキにシルクハットをかぶっている。不敵な笑みを浮かべたその姿は非常に様になっていた。
「その前に、このような素晴らしい席にご招待いただいたシャルロット王女殿下に感謝をこめて、ささやかですがプレゼントをご用意いたしました」
フレディが指を鳴らすとホールが一瞬で明るくなる。
みなが上を見上げる中、フレディはシャルロットの前に立っていた。
「貴様、いつの間に!」
「転移の魔法でもお使いになったのかしら? あれは個人で使えるようなものではないはずですけど」
「そのような大層なものではございませんよ。それより、こちらが我からのプレゼントでございます」
再び指を鳴らすと、フレディの手の中に青色の薔薇が現れた。
「殿下の瞳が大変お美しいと耳にしまして、このようなものをご用意させていただきました。実際に目にして噂以上の美しさで感激しております」
「お上手ですのね。それにしても青い薔薇なんて初めて見ましたわ」
「自然には存在しませんからね。魔法で少し細工をしております」
返事の台詞は貴族たちへのものと変わりはないものの、青い薔薇がシャルロットの心を鷲掴みにしているのはその表情から明らかだ。貴族たちはそれを見て悔しそうにしている。
これからどのようなショーを見せてくれるのか。期待に心をおどらせるシャルロットであったが、その夢がかなうことはなかった。
「そこまでだ!」
ホールのドアが勢いよく開けられると、完全武装した兵士たちがなだれ込んでくる。突然の出来事に会場がにわかにざわめき出す。
「何事か!」
シャルロットの隣に座っていた国王が立ち上がった。
「我ら革命の同士が王城を占拠した! 現国王による悪政もここまでだ! 逆らうものは容赦しない。おとなしくしていろ!」
「近衛兵、やつらをひっ捕らえろ!」
「はっ!」
現国王は、特別優れているわけではないが無難に国内を収めており、隣国との戦争も条約を結んで終わらせた。
しかし、隣国は戦争の機会をいまだにうかがっており、今回はそれにそそのかされた一部の貴族たちが起こしたクーデターであった。
近衛騎士たちは懸命に戦うが、身内とも呼べる貴族と有力者たちだけしか呼んでいないこともあり、会場内の護衛は最小限。多勢に無勢であった。
近衛騎士たちが次々と無力化されていき、とうとうカリーナだけになってしまった。
「姫様お下がりください! せめてお逃げする時間だけはお作りします」
「そんな……。カリーナはどうするというのですか!?」
決死の覚悟をするカリーナをよそに、フレディは冷静に会場を見つめていた。
「こうなってはやむおえん。貴様は国王様と姫様を連れて逃げろ! 魔法が使えるなら多少は戦えるのであろう」
「我のショーを邪魔したこいつらは殺ってしまってかまわんのかね?」
「状況を見ろ。もう私たちしか残されていないのだぞ。やれるものならやってみろ」
「言質は取りましたぞ。可憐なお嬢様もいることですし、ここはなるべく穏便に処理するとしましょう」
フレディはステッキを指揮棒のように構えた。
「お前ら、やっちまえ!」
「野蛮で無礼な輩には容赦しませんよ。極寒の世界で懺悔するがよい!」
指揮官の掛け声で、反乱軍の兵士たちが一斉に襲いかかってくる。カリーナは国王とシャルロットに被害が及ばないよう前に立つ。しかし、その凶刃が届くことはなかった。
「我が敵を滅せよ、ニブルヘイム!」
その瞬間、世界が凍った。そう錯覚させるような光景が広がっていた。兵士たちは氷の彫像と化し、1歩たりとも動くことはできない。一方で兵士以外のものたちは一切凍っていない。見事な魔法の精度であった。
その光景を見たものたちの反応は様々。恐怖するもの、驚愕するもの、呆気に取られるもの……。その中で、シャルロットだけは他のものとはまったく違うことを感じていた。
「綺麗……」
思わず口にしてしまうほど、その魔法の美しさに感動していたのだ。王女として育てられたシャルロットは一流の教育を受けている。魔法も宮廷魔導師を家庭教師として英才教育を受けている。
そんなシャルロットですら見たこともない魔法。しかも、敵にのみ当てるという神がかった精度。どれほどの魔力と技量があればこのようなことができるのか。さきほどまで絶体絶命の危機にあったことも忘れて、その光景に見入っていた。
そんな中、凍らされていない幸運な兵士がいた。いや、ある意味不運だったかもしれない。
「手助けは必要かね?」
「ここまでお膳立てしてもらって、さらに手助けまでしてもらったのでは騎士の名が無く。私の剣技をお見せしよう」
カリーナと斬り合っていた兵士は、彼女を巻き込んでしまう恐れがあったので凍らされていなかった。一瞬にして自分以外の仲間が全滅してしまったその兵士は浮き足立っている。
「姫様に剣を向けた報い、ここで受けるがいい!」
「クソっ! はああああああ!」
最後は破れかぶれになってカリーナに切りかかる。しかし、カリーナは若くして近衛騎士に抜擢されるエリートだ。上から迫ってくる剣閃を受け流すと、隙だらけになった胴を一閃した。
うめき声を上げながら倒れていく兵士。こうしてリュッケン王国史に残る反乱は幕を閉じたのだった。
「紅茶とお茶菓子をお持ちしました」
メイドがテーブルにお皿を並べていく。あの反乱から数日、フレディはシャルロットの私室に招かれていた。
「ありがとう。下がっていいわよ」
「失礼いたします」
メイドは優雅に一礼して退室する。いま、この部屋にいるのはフレディとシャルロットの2人だけだ。2人きりになることにカリーナは全力で抗議したのだが、『フレディ様がわたくしに危害を加えようとするのなら、あのときに見捨てているはずです』という主の一声によって一蹴されてしまった。
「なにやらお話があるとのことでしたが?」
「ええ、まずは助けていただいたことに感謝を。もしフレディ様がいなかったらと思うとゾッとしますわ」
「いえいえ、あれは我のショーを邪魔した無粋な輩を成敗しただけのこと。私情でしたことで礼を言われるほどのことではありません」
「まあ、謙虚ですのね」
本当のことを言っただけなのだが、シャルロットは謙遜していると受け取ったようだ。フレディもわざわざ訂正するような真似はしない。
シャルロットはティーカップを手に取り紅茶を1口飲む。幼いころから厳しく礼儀作法を教えこまれているおかげで、その姿は様になっている。
「それで本題なのですけれど、フレディ様はエルフでいらっしゃいますよね?」
「ほう?」
顔色一つ変えずにフレディも紅茶を飲む。
「ご安心ください。この部屋には盗聴の類はございませんし、他の誰にも話しておりません」
「そうですか」
フレディが指を鳴らす。一見なんの変化も起こっていないように見えるが、よく見ると耳が長くなっているのがわかる。
「やはりそうでしたか」
「どうしてお気づきになられたのか聞いても?」
「あの氷魔法を撃った直後でした。一瞬でしたが耳が長く見えたのです。見間違いかと思いましたが、魔法の熟練度と合わせて考えるとエルフで間違いないと思いまして」
「なるほど、我もまだまだ未熟のようですな。久しぶりに全力を出して、変装魔法の制御が乱れてしまうとは」
「謙遜も過ぎると嫌味になってしまいますわよ。『エルフの英雄』、いえ『魔王』と呼んだほうがいいかしら?」
シャルロットが『魔王』という単語を口にした瞬間、緊張感が当たりを支配する。フレディから殺気が放たれたのだ。シャルロットは冷や汗が止まらないながらも気丈に振舞った。
両者が見つめあったまま、しばらく膠着状態が続いた。それを打ち破ったのはフレディであった。
「ぷっ、あっははははは」
大きな笑い声とともに自らの膝を叩く。そして、たがいに表情を緩めた。
「なにがそんなに面白いんですか?」
「いえ、殿下もそのようなお顔ができるのだなと思いまして」
拗ねて子供のような態度を取るシャルロットとは対照的に、フレディはご機嫌だった。
「他のエルフにその名を軽々しく言ってはいけませんよ。殺されてしまうかもしれませんからね」
「じゃあ……」
「ええ、ご推察の通りです。英雄というのはあまり好きではないので、『魔王』と呼んでいただいたほうが嬉しいですね。魔法を操るものの王。素晴らしい名前じゃないですか」
フレディが顔を手にかざすと明らかな変化が現れた。まずは髪の色が漆黒から純白に変わる。さらに瞳の色が暗い茶色から血のような赤色に変わっている。
「正体を見破られたのは初めてですよ」
「あら、光栄ですわ」
500年ほど前、各地で地脈の流れが不安定になり魔物が大量発生する事件があった。最初に滅ぼされた町の名からラクティス事件と呼ばれている。
その際、エルフでありながら人間の国を周り、魔物を殲滅したのがフレディであった。そのことからエルフの英雄と呼ばれている。
しかしその戦いのさなか、闇の精霊と契約していることが発覚した。エルフにとって闇の精霊は邪悪なるもの。当然フレディも同様のものとして追放された。魔に連なるものの王、『魔王』として畏怖されることとなる。
「しかし、あなた様は随分前にお亡くなりになっているはずですが?」
「なに、他のエルフたちが我の足取りを追えなくなっただけのこと。プライドが高い彼らは我が死んだということにしたのでしょう。おかげで身バレの心配も減りました。今日バレてしまいましたがね。本当によくお気づきになりましたね」
「フレディ様の姿を見ていたら、なぜか昔読んだ物語を思い出したのです。その物語はラクティス事件について書かれたものでした。父の書斎にあったものを勝手に読んだので怒られてしまいましたが」
「それはたしか発禁された本のはずですよ。残るところには残っているものなのですな」
「ええ、それで直感的に思ったのです。この方があの魔王様であると」
「女性の勘は恐ろしいものです」
その後、シャルロットがフレディの旅の話を聞く形で話は盛り上がった。
「さて、我はそろそろ御暇させていただきます。あまりレディの部屋に長居するのは失礼ですからな」
「あら、レディとしてあつかっていただけますのね。最後に1つお願いをしてもよろしいですか?」
「叶えることができるかはわかりませんがお聞きしましょう」
シャルロットは立ち上がっり、少し離れたところにあるサイドテーブルへ向かう。その引き出しから出てきたのは、両手にちょうど収まるぐらいの小箱であった。
「わたくしの騎士になっていただけませんか? いまこの国は非常に不安定な情勢のもとにあります。先日の反乱も氷山の一角に過ぎません。フレディ様のお力があれば、必ずやこの難局を乗り越えられると信じております」
箱の中身は精巧な装飾が施されたナイフであった。柄の部分には王家の紋章がはめこまれている。
「申し訳ありません。我はもう戦いから身を引きました。先日の戦いもショーを邪魔された腹いせに過ぎません。それをお受け取りすることはできません」
フレディは渡された箱をテーブルの上に置く。
一方のシャルロットは、断られたにも関わらず落ち込んだ様子ではない。
「フレディ様ならそうおっしゃると思っていました。では、またこうしてお話をしていただくことはできませんか? もちろん各地を旅していることは承知しておりますので、王都に寄ったついでで構いません。ショーのほうも楽しみにしておりますわ」
フレディは厳しい表情から一転、苦笑しながらあごをなでる。
「これはしてやられましたな。難しい条件を突きつけてから少し優しい条件を出す。殿下は商売の才能もお持ちのようだ」
「褒めてもなにも出ませんよ? それでいかがでしょうか、これを受け取っていただけますか?」
「そこまで言われてしまって断るのは紳士の名折れ。受け取らせていただきましょう。次回王都に来たあかつきには、このナイフを証にこちらへ参らせていただきます」
箱の蓋を閉じて内ポケットへとしまう。
「それでは今度こそ失礼いたします。次回は最後までショーをお見せしたいものです」
「ええ、楽しみにしていますわ」
王都から東へと伸びる街道に男はいる。稀代の魔術師にして奇術師。腰に新しいナイフを携え、新しいステージを探し求める彼の旅は続く。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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