柚香は魔王になりまして2
魔王は『世界の調律』のために存在する。
神なる大地がマナを素材に生きとし生けるものを創造すれば、魔王はすべてを破壊しマナへと還す。
それはまるで空から降る雨が、大地に染み込み、地下に溜まり、こんこんと湧き出し、海へと収束し、そして空へと昇華することに等しい。
(何だか難しいことが書いてあるけど、要は世界のバランスを保ってるってことでいいのかな? )
エントロピーって言うんだっけ? と、柚香はその目を通したばかりの書物に栞を挟んで、ううんと両腕を前に伸ばして背伸びをする。
ぎしり、と腰掛けている椅子が軋み、静かな書庫内を反響する。
雲を掴むような内容に、思わず柚香は目頭を揉み解しながら呻いた。
「もうちょっと、簡単な本がいいのかな」
「では、こちらはどうでしょうか? 」
差し出された本の表紙には、パステル調のイラストに可愛らしくポップなキャラクターが描かれていた。
背表紙を反せば、太く大きな字体で『リュミーネものがたり』と銘が打たれている。ちなみに、リュミーネとはこの世界の名前であるらしい。
(この世界の文字体系はまだよく知らないけど、どう考えてもこの本は読み聞かせ用なんじゃ……)
柚香の目に飛び込んでくるのは、幾何学的な象形文字ばかりであったが、何故か柚香はすらすらとその意味を理解することが出来た。意識してから気付いたことだが、喋っている時でさえ口の動きは日本語のそれとは大きく異なっていた。
だからこうして、幼児向けであるという趣旨が、平仮名となって柚香の脳内に反映されているということは、柚香にとってある意味で有難いことでもあった。
柚香は本から外した視線を、そのまま宙へと視線を移動させる。柚香の視線の先には、楽しげな表情をした少女が一人、こちらを見返していた。
「……私のこと、馬鹿にしてない? 」
「とっ、とんでもございません! 」
諸手を挙げて否定を訴えるエレノアのその瞳は、どこか虚空を彷徨っている。再び視線を落としてその薄い本をぱらぱらとめくってみれば、案の定、ほとんどの領域が挿絵によって埋めつくされていた。
内容については至極、簡潔にまとめられていた。
神様によって作られた生物の中に、人間という種族がいた。人間は、外見が神の姿にとてもよく似ていたため、自身を特別な存在だと考えた。人間は、神に変わる存在としてあっという間に全ての生物を従え、地上を支配してしまった。それに怒った神様は、人間を滅ぼすために、魔王を作った。魔王に刃向かった人間は、全て魔王に喰われてしまった。残された人間はこれを機に改心して、神様に仕えるようになった。
最後のページを捲り終わった柚香は、その絵本をそっと閉じてから、ほぅ、と小さく嘆息した。
「……うーん」
「どうでしょうか? 」
「まあ、参考にはなったと思う。ありがと」
教訓めいたご都合主義は置いておいても、本筋はほとんど小難しい書物と似通っているようだった。
柚香から絵本を受け取ったエレノアは、嬉しそうにそれを胸に抱え込む。
『初めからやりなおしてみせる』とエレノアが宣言したあの日から、既に一週間。柚香は着実にエレノアとの距離が縮まりつつあることを認識していた。
相変わらずのアホの子っぷりではあるが、以前のように壁を作らなくなった分だけ、接しやすくなったように柚香は感じていた。
ただ、垣根を取り払った弊害なのか、エレノアの柚香に対する慈愛心が度々暴走してしまっていることについては、柚香の悩みの種になっていた。
柚香の外見は、どう贔屓目に見ても幼子のそれであり、エレノアがついつい手を焼いてしまうのも無理はない。それは柚香にも理解できる。
だが、魔王様の中身こと柚香は、子ども扱いされることを極端に嫌う年頃でもあった。
今回の件であれ、外見可愛らしい幼女が本を読みたいなどと願えば、当然エレノアは小難しい書物よりも絵本を選んでくるに決まっていた。
対象が魔王様であるというのであればいざ知らず、現在、エレノアの眼前できらきらとその紫水晶の瞳を好奇心に輝かせて難読する少女は、そんな一方的な関係では繋がってなどいない。
それが分かっていたからこそ、柚香の方も、エレノアが薦めてきた絵本を何だかんだ言いつつも読み通すことにしたのであった。
柚香は、先ほどの内容をゆっくりと反芻しながら、自身の存在理由について考えた。
仮に、この絵本の物語が現実に即しているとするならば、柚香が魔王として誕生したのにも何かそれなりの理由がある、ということになる。
それは、この物語が示すようにいわゆる人間への制裁のためなのか、それとも他の理由があるのか。
そもそも、柚香はこの世界に生まれてから人間を一度も見たことがない。というより、人型らしきものでさえ、エレノアと、後は目覚めた直後に出会った謎の青年のみである。
(って、あの人結局なんだったんだろう……)
思えばあれ以来、謎の青年は全く姿を見せようとしない。あの青年こそ、この屋敷内について詳しかったような記憶もあるが、エレノアと同じように魔王に仕えている、という訳ではないのだろうか。
「ねぇ、この屋敷に住んでるのってエレノアだけ? 」
「はい、私とユズカ様だけになりますね」
「そう……」
それなら見かけないのも仕方がないか。と柚香は自身を納得させた。道案内をしてくれたのだからきっと悪い人ではないはずだ。
ふとエレノアのほうを見やると、恥ずかしそうに口をもごもごと動かしている。
(まだ、慣れないのかな……? )
柚香はあの後、エレノアに自身のことを名前で呼ぶことを強要していた。それは、二人の距離をより近づけるためのちょっとした案だったりした訳だが、これが思ったよりも遥かな難航を極めていた。
最初こそ呼び捨てでも構わないなどとフランクな姿勢を見せていたが、顔を真っ赤にして泡を吹きながら後方にぶっ倒れるエレノアの姿を見て、柚香は早々に自身の思惑について考え直しを迫らざるを得なかった。
結局、様付けで呼ばれることで落ち着いたのだが、いつの日か敬語も含めたそれらを取っ払ってしまおうと、柚香は密かに画策していたりするのであった。
(それにしても、まさかエレノア一人とはね……)
この広大な屋敷中を一人で管理するなど、並大抵の苦労では勤まらないだろう。
実際、以前エレノアから聞いた『周囲にはいつも馬鹿にされていた』などといった旨の発言から省みるに、過去、この屋敷には魔王を補佐するために沢山の人ならざる者が生活していたと思われる。
先代の魔王が、どのようにしてその最期を遂げたのかは柚香には分からない。だが、魔王の最期を伴に添い遂げようとする輩も多かったのではないのだろうか。
その所為もあって、現在はエレノアしか取り残されていないんじゃないのか、と柚香はぼんやりとした顛末を推測した。
先代の魔王のことだ。エレノアのことを可愛がっていたからこそ、自身の最期に立ち合わせたくなかったのだろう。
そうなると、柚香はエレノアに同情を寄せてしまう気持ちを抑えられなくなる。
屋敷の中にたった一人で、健気に魔王の帰還を待ち続けるエレノアの姿が脳裏に浮かび、思わず目頭がじわりと熱を持つ。
だが、柚香が新しい魔王としてこの世界に産み落とされたことで、エレノアは先代の魔王の最期を知ってしまった。そして、柚香こと新しい魔王様にその想いをぶつけようとした。
エレノアが流した涙の理由を、柚香は少しだけ理解できたような気がした。
「――ユズカ様? 」
「……あっ、うん、なんでもない。それより一人でも大丈夫なの? 」
「勿論でございます。私めにおまかせください」
その柚香より遥かに発育の良い胸部をぽんと叩いたエレノアは、不安げな表情を浮かべる柚香を余所に、自信満々な笑顔で返事をした。
◇ ◇ ◇
柚香は頭を両手で抱えた。そして一言、ぽつりと呟く。
「ここ、何処……? 」
歩けど歩けど変わり映えのしない風景に、柚香の脳内は完全にパニックに陥っていた。
事の発端は、今から一時間ほど前に遡る。
書庫を後にした柚香は、エレノアの負担を少しでも減らすべく、よせばいいのに一人で部屋に戻るなどと啖呵を切ってみせた。そしてその結果、現在の状況に直面していた。端的に言えば迷子である。
自身の屋敷内すらまともに把握できていない魔王という失態に、一体エレノアになんと弁解すればいいのやらと、現時点で既に柚香は顔から火の出る心持ちにさせられていた。
今頃、屋敷内を大慌てで探し回っているであろうエレノアを申し訳なく思いながら、柚香は自身の方向音痴っぷりを怨みつつ、ぐちぐちと後悔の念を零す。
(うぅ、これなら大人しくエレノアと戻ればよかった……)
この屋敷内が複雑すぎるのが悪い、とは柚香の弁である。過去に一度だけ、屋敷内をエレノアに案内してもらった記憶が蘇るも、あの時は余計なことを考えていた所為でもあり、まったくその内容は今の柚香の脳内には残されていない。
よもや、ここまでこの屋敷が複雑な構造になっているとは露ほど思わず。せいぜい学校の敷地のようなもの程度の想像しかできない柚香にとって、魔王が住む最終ダンジョンことこの屋敷内は、あまりにも荷が重たいものとなっていた。
似たような風景が続くばかりに、もしかしたら自分は同じ場所をぐるぐる回っているだけなのではないかという漠然とした不安もつきまとい始め、柚香の精神はいよいよ困窮を極める。
両脚の腿が痛みを訴え始め、そろそろ本当に弱音を吐きそうになりかけた丁度そのとき、壁へと伸ばした柚香の右手が不意に空を切った。
ゆっくりと目線をそちらへ動かした柚香が捉えたのは、彩色豊かな世界であった。
庭園のようにも見えるそこには、中央に見上げるほどの細長い樹木が一本、まるでこの空間を支配しているかのように根を下ろしていた。そして、そこに寄り添うように群立した煉瓦色の花壇は、色とりどりの花弁を溢れんばかりに散らしながらも、ささやかな樹木に負けない自己を主張している。
突然、視界を覆い尽くす神秘的な風景に、しばらく白い壁だけを延々と眺め続けていた柚香は思わず息を呑んだ。
「すごい……」
恐る恐る、その領域へ足を踏み入れた柚香は、中央にゆったりと構えるその樹木へと近づき、そっと両掌を密着させる。大地を吸った温かみがじんわりとその掌を通して、柚香の心の中を伝導した。
天を突くように伸びた樹木を仰げば、幾多にも道を分けた枝葉が弧を描くようにして垂れ下がり、輝々と反射する木洩れ日も相まって、それはまるで噴水のようであった。
見渡す周囲も、あたかもそこだけ別の風景を張り合わせたかのような、不可思議な印象を覚える。屋敷の内部だというのにもかかわらず吹き抜ける風が、柚香の頬を優しく撫でた。
その樹木に背中を預けた柚香は、空から差し込んでくる柔らかな光を浴びて、気持ちよさそうに目を細める。
そういえば、太陽の光を浴びるのなんて、一体いつぶりになるのだろうか。しばらく外に出ていなかった所為なのか、こういった体験がとても懐かしいもののように感じる。
息を吸い込めば鼻を抜けていく土の香りも、植物が風に揺られてそよめく音も、何もかもが柚香にとって心地の良いものであった。
だから、今この瞬間を邪魔せんと姿を見せた目の前の青年に、柚香は不快な感情を抱いてしまったのは、至極当然のことであるといえる。
◇ ◇ ◇
いつから、そこにいたのだろうか。
柚香が気付いた時には、既に青年はその緑の領域に足を踏み入れていた。
相変わらずの仮面で表情が読み取れないものの、何となく柚香は、この青年が今の状況を楽しんでいるように思えた。
「……貴方は、いったい誰なんですか? 」
「私に興味があるのかい? 」
「そりゃ、突然現れたり消えたりされると、私だって気にはなります」
今度こそ逃げられないようにと目を光らせる柚香を前に、青年は腕を組みながら、わざとらしく大きな笑い声をたててみせた。
「そうだな。急に消えるのは良くないな、うん」
「何なんですか、一体……」
柚香は、はあっと大きな溜息をついた。会話が成り立っていない気がするのは、きっと気のせいではないはず。
そんな柚香の様子を物珍しげに眺める青年は、立てた人差し指を口元に当てながら、囁くようにして言葉を発した。
「そちらこそ、一体どこの誰だっていうんだい? 」
「……私は、近藤柚香っていいます。この世界の魔王らしいです」
「『らしい』とは、これまた難儀な自己紹介だ」
(そりゃ、私だってまだ自分が魔王だなんてこと、信じられないし……)
青年の呆れ混じりのような物言いに、柚香は思わず不快感をあらわにさせる。
思えば目の前の青年も、柚香が魔王に就任したあの場面に出会わせていたのだから、そのことについては当然知っているはずであり、柚香には、青年が何故このような質問をしてきたのかが理解できなかった。
「君は、魔王が何のために存在しているのだと思う? 」
突然の質問に、柚香は反射的に先ほど仕入れた知識をそのまま言葉にする。
「それは、『世界の調律』のため……」
違うね、と一言。青年は柚香の発言を半ばにして切り捨てた。
「魔王は、世界を楽しませるために存在している。君が本当に魔王であるのなら、君がすべきことは物語を動かすことだ」
「……物語を、動かす? 」
「そう。君が君にしかできないことをやってのける。それが君の役目だ」
詠うように紡がれる科白は、思わず柚香が耳を傾けてしまうほどの魅惑を放っていた。
しばらくその言葉の残滓に浸っていた柚香は、ふと思い出したように結論を導く。
「もしかして、私をこの世界に連れてきたのって……」
柚香が顔を上げたとき、そこには既にその青年の姿はどこにも見当たらなかった。
がっくりと肩を落とした柚香は、背を預けていた樹木の根元にゆっくりと座り込んだ。立っていただけなはずの両脚が、まるで長時間正座をした後のように痺れていた。
(なんで、肝心な時にまたいなくなってるの……)
柚香は、話に聞き入っていたばかりにうっかり視線を青年から外していたことを深く後悔した。もう少しだけあの青年と話をしてみたかった、などとまで考えた自身についても驚きを隠せなかった。
柚香はあの青年の手によってこの世界に呼び出された、と考えてほぼ間違いはないだろう。では何故、柚香はこの世界に魔王として呼び出されたのか。
物語を動かすためだと、青年は言った。物語とは、あの書庫で読んだ絵本のようなもののことなのだろうか。あの絵本に書かれている内容こそ真実だというのか。小難しい書物に記された魔王の存在理由を、あっさりと否定したあの青年は、実のところ一体何者なのか。
「あーもう、わかんないわかんないっ」
柚香は頭を両手で抱えた。そして一言、ぽつりと呟く。
その言葉は、梢の擦れる音にかき消されてよく聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
柚香がエレノアと再び遭遇したのは、柚香が青年の姿を見失った直後であった。
右往左往と眼前を通り過ぎようとする悲壮感溢れるエレノアに気付いた柚香が、慌てて声を掛けたことで今回の事態は一応の収束を見せた。
ひたすらに謝罪を繰り返すエレノアを前に、柚香は只々、ばつの悪そうな表情を浮かべるほかはなかった。
屋敷内で迷ってしまったのは柚香自身であり、今回のエレノアには全くと言っていいほど落ち度はない。
柚香自身にもそれが理解できているからこそ、柚香はエレノアの謝罪を途中で無理に遮ることにした。
そして二人の間を取り巻く重たい雰囲気を入れ替えるべく、柚香は眼前に広がる景色についてエレノアに問いかけた。
「……もしかして、ここの手入れもエレノアがやってたりするの? 」
「そうですね。私の趣味でございますので」
エレノアの碧眼が、きらりと輝いた気がした。
(あ、食いついた)
やはりここも、エレノアによって管理されている場所であるらしい。
園芸についての知識に乏しい柚香には、この花壇に植えられた草花が生き生きとしていることぐらいしか分からなかったが、それでも、この庭園が深い愛情を持って管理されているんだろうという想像はついた。
だからなのか、いきなり息巻いた解説をおっ始めるエレノアに対し、柚香は真剣にその内容について耳を傾けることにしたのであった。
「この中央の樹木は、『始まりの樹』と呼ばれていて、この世界が誕生した瞬間には、既にこの大地に芽を下ろしていたそうです」
「ということは、魔王よりも先に存在していたってこと? 」
「おそらくそうだと考えられます。文献にも、この屋敷を建てる際の中心部に据えたといった記述があったように思いますし、我々にとっても特別な存在なのかもしれません」
ふうん、と改めてその『始まりの樹』を柚香は見上げた。噴水のようだと表現してみたが、その大地に降り注ぐのは生命の木洩れ日だったりするのだろうか。なんとなく、ロマンチックな話でもある。
「ここだけ光が差し込んでるのも、この樹があるお陰なのかな」
「なるほど。そういえばそうですね」
『始まりの樹』の周囲に植えられている草花だって、ここが作為的な吹き抜けの空間であったからこそ、こうして綺麗に咲かせることができたのだ。陽射しを浴びなければ、その種は発芽することさえできないだろう。
この空間は隔離された空間という点で、柚香の生きてきた世界における温室と近いものがあるのかもしれない。
未だに外の世界を覗いたことのない柚香は、きっと外の世界もこのような風景が広がっているに違いないと、期待を込めた妄想を広げる。
そうすると、やはり先ほどの青年の言葉がふと、柚香の脳裏をよぎるであった。
『君がすべきことは物語を動かすことだ』
(私がやるべきことって、一体なんなんだろう……? )
柚香は、花壇に植えられている一つの植物と、今の自分自身を重ね合わせてみた。
この隔離された空間でひっそりと花を咲かせるこの植物と、今この屋敷にいる自分自身は、もしかしたらとてもよく似た境遇なのではないか、と。
(……やっぱり、違う)
何故ならば、目の前の植物はそのつぼみを開花させている時点で、その種族的目標を達成している。存在理由としての大義は果たしているはずなのだ。
「私って、何なんだろう……? 」
「ユズカ様は、私の魔王様という部分も勿論ございますが……」
零れた言葉を拾い上げたのは、そんな柚香の様子をじっと見つめ続けていたエレノアであった。
「ユズカ様は、私にとっての導でございます」
「導……? 」
「そうでございます。私がこの花壇に生えている草花であるとするならば、ユズカ様はそんな場所を提供してくださる『始まりの樹』でございます」
(私が、『始まりの樹』だって? )
そんな大層なものじゃない筈だ、と柚香は三度その樹木を仰った。しなやかに伸びた幹は、柚香の視界内に留まることを知らず。それどころか、この屋敷すらも悠々と飛び越えている。そして、その空を裂く枝葉は確実に外の世界を臨むことだろう。
でも、そんな『始まりの樹』だって、最初からこのような立派な樹木ではなかったはずだ。それが今では、屋敷の中央に据えられ、綺麗な草花に囲まれ、立派な名前だって付けられている。
(物語を動かすって、もしかして……)
『始まりの樹』と自分自身を重ね合わせることで導き出した結論は、驚くほどに違和感無く柚香の胸にすとんと落ちた。
(私がやるべき第一歩は、枝葉を伸ばして世界を臨むこと……なのかな? )
「お悩みが解決したようで、安心致しました」
柚香が振り返ってみれば、まるで自身のことのように悩み、そして喜んでくれているエレノアの姿がそこにはあった。