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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第三部  Bien qu'il y ait une méchanceté chaude, le monde continue.
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第二十七章第一節<Commander of Mirror>

 薄暗い部屋の中で、唐突に何かを打ち据える音が響いた。それに重なるようにして卓上に置かれたカップとソーサーが鳴る。


 押し殺した息遣い、そして激情の気配。指揮官卓に拳を打ちつけた格好のまま、<Dragonドラゴン d'argentダルジャン>八咒鏡やたのかがみ師団長クレーメンス・ライマンは執務室にありながら激昂を露にしていた。


 彼の前には、三人の中将と少将が直立のまま、眼前のクレーメンスをひたと見下ろしている。誰もが無言のままに不動の姿勢を取ってはいるが、その眼差しには動揺と混乱が見え隠れしている。


 いささか乱れた銀髪を揺らし、クレーメンスは呪詛とも取れるほどに怒りを込めた言葉を吐いた。


「……クソったれが……」


 原因は、彼の元に届けられた長距離通信であった。


 活動可能領域<Iesodイェソド>に駐留していた工作部隊からの通信が途切れ、代わりに<Taureauトロウ d'orドール>第二騎士団元帥テレンス・アダムズより、部隊を捕虜として拘束したという通告が入っているというのだ。


 <Iesod>の部隊がしくじったということもあるのだが、それよりも問題なのは拘留したという相手であった。


 テレンス・アダムズ。彼の悪名は<Taureau d'or>内に留まらず、<Dragon d'argent>においても知る者が多かった。


 テレンスにまつわる逸話は、そのほとんどが彼の持つ非情さを物語っているものであった。中には捏造によるものではないかと疑わしきものまであったが、まことしやかに囁かれているものの中でも有名な逸話がある。


 それはまだ、テレンスが部下を持たぬ兵卒だったころのことであった。


 彼の所属する部隊が圧倒的戦力差の戦闘に巻き込まれ、部隊は戦場において完全に分断された状況にあった。部隊長は徹底抗戦を指揮、無線機で各部隊にそれを伝えたのだが、テレンスの部隊においては弾薬が尽き掛けている状況であった。


 だが軍隊において上官命令は絶対である。各自が死を覚悟したとき、テレンスは何と無線機を銃で破壊したのであった。


 今の自分たちの状況を他から知る術はない、ならば無線連絡を聞かなかったことにすればよいと。軍曹ですら考えもつかなかったその行為により、テレンスの所属する部隊はそのまま戦場を離脱、無事に生還することができた。


 結果として、生還出来たのはテレンスの小隊のみという結果になった。


 自らのためなら上官すら斬り捨てる、そんな軍隊としては異例の逸話は、テレンスの有能さ以上に、冷酷さ、非情さを物語るものとして語り継がれていた。


 そんな人間が元帥を務める、<Taureau d'or>第二騎士団に自分の部隊が拘留されたとすれば、師団長として、冷静さを欠いてしまうのも無理からぬことであった。


「クレーメンス師団長」


 口を開いたのは、真ん中に立つ年配の中将であった。


「救助隊を編成いたしましょうか」


「莫迦を言うな」


 クレーメンスは左眼だけで睨みつける。


「みすみす負け戦に行く必要なんざねえだろうが」


 肘を突いたまま、じっと組んだ指を唇に当てて思索を巡らせていたクレーメンスは、やがて苦悩に満ちた声でうめくように呟いた。


「済まん……お前らの部下、見殺しにする結果になっちまったな」


「我等は軍人です」


 年若い左の少将が、やや緊張した声でその謝罪を遮った。


「命を落とすことなど、とうに覚悟を決めております。なにとぞお気を病まれますことなきよう」


「は」


 呼気を吐き捨て、クレーメンスは立ち上がった。


「俺は木偶と背中合わせで戦ってるんじゃねえんだ……そんな胸糞悪い言葉ぁ次聞かせてみろ、殺すぞ」


「……有り難きお言葉です」


 頭を垂れる少将を見据え、クレーメンスは黙したまま再び思考をはじめる。


 ヴェイリーズは<Taureau d'or>に奪回された。駐屯部隊も、無事ではないだろう。


 しかし、こちらから打つ手は非常に限られている。


 そもそも、膠着状態にある<Taureau d'or>に対し、これ以上軍事的な手段で優位に立つことは事実上、不可能だと考えられていた。両国間に絶対的な技術面の差異がない以上、そして明確な国力差が見られない以上、戦闘は必然的に消耗戦となる。


 であるからして、<Dragon d'argent>の目的は<Taureau d'or>の殲滅ではなかったのだ。


 <Taureau d'or>の弱点である、<射手座宙域の聖歌隊クワイア・オブ・サジタリウス>事件。これまで軍部がひた隠しにしてきたものの、それが遺した傷跡はあまりに大きい。


 唯一の生存者とされているヴェイリーズをこちらで保護し、情報開示の切り札として考えていた<Dragon d'argent>の計画は、しかし水泡に帰すことになった。


 <Iesod>の施設からの定時連絡は二十六時間前から途切れている。


 何等かの経路で情報が漏れ、<Taureau d'or>の攻撃によって破壊されたと見て然るべきであろう。


「奴等は間違いなく、ヴェイリーズを消してくるだろうな……」


 眉間の皺を深く刻んで項垂れるクレーメンスの傍らから、電子音が鳴り響く。


「クレーメンス師団長、政務省より通信が入っておりますが」


「……聞いておけ」


「かしこまりました」


 通信が途切れるのを確認すると、三人目の壮年の中将が低く言葉を漏らした。


「師団長、もし席を外したほうがよろしければ……」


「お前らに聞かせられねえことなんてねえよ」


 二度目の通信が到着したのは、クレーメンスがそう言い切った直後であった。


 声は同じ秘書の女性である。


「用件は」


 回線を開くと同時に、クレーメンスは問いかける。


「政務省より伝令です。ヴェイリーズ確保失敗の件について、至急報告せられたし、とのことでした」


「……了解した」


「以上です」


 二度目の通信の内容を、三人の部下はただじっと聞いているだけであったが。


 ややあって老年の中将が口を開いた。


「どうか、お気をお鎮めください……そのようなことはないと信じておりますが、万が一のことがあれば」


「心配すんな」


 とん、と老兵の胸板をクレーメンスは拳で叩いた。


「思念呪殺ができるFaculteurファキュルテなんざそうそういねえからな。いくら腹が立ったとしたってそんな莫迦な真似はしねえよ」


「有難うございます」


 一礼する老兵の肩に手を置き、クレーメンスは初めて、微笑を見せた。


「お前らのことは、誇りに思ってんだぜ? こんな俺についてきてくれるお前らをな」


「もったいないお言葉です」


「んじゃ」


 椅子にかけてあった上着を手に取ると、クレーメンスは三人に背を向けた。


「ちょっくら行ってくる……留守番頼む」

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