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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第三部  Bien qu'il y ait une méchanceté chaude, le monde continue.
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第二十五章第四節<Knight of Gloria>

 光り輝くレシュ回廊に出現したのは、なんと巨大な白馬と騎士であった。


 白馬は眩いばかりの光を纏い、高貴なる眼差しを向けている。蹄で見えぬ大地を掻き、鼻息を荒くして戦艦ニュクスを睨みつけているその姿は、獣といえどまさしく気品溢れる雄姿であった。


 そして、鞍も手綱もなくその白馬に跨っているのは、一人の男。全身の皮膚を真紅に染め、銀色の瞳に静謐たる怒りを湛え、じっとこちらを睥睨している。頭には大きな羽根をあしらった冠をつけ、手には翼の生えた一振りの剱を携えており。


 今にも斬りかかってくるのではないかと思われるその姿は、他ならぬヴィシュヌ神の第十の化身そのもの。戦艦の巨躯を前にしても引けを取らぬその巨大さは、まさに威神という形容が相応しいものであった。


「……セシリア?」


 このままでは、あの騎士に正面から衝突することになる。


 距離は混乱と錯綜に止めを刺すが如くに、無情にも縮まってきている。隣に振り返ったフィオラは、しかし怯えおののき、震えたままモニターに釘付けになっているセシリアを目の当たりにする。


「セシリア、何をしてるの!」


 肩を揺さぶり、そして耳元で声を張り上げる。それでやっと瞳には生気が戻り、虚ろだった表情に意識が宿る。


「……は、はぃ……停止を、全艦停止!」


 やはり、とフィオラはその姿を見て感じる。


 セシリアは、明らかに迷いを抱えている。


 最初は王家の血族というだけで高い地位に就いた無能者と思っていたが。


 だが、ただの無能であれどこの異様な状況下ですら、思考に埋没することはない。何か、あの眼前の神の幻をも超えるほどの迷いが、彼女の心に暗き影を落としているのだ。


「フィオラ、あの、こ」


「攻撃はしないで」


 策はある。フィオラは先手で言葉を制すると、モニターから視線を外さぬままに声を上げる。


「カルキ=アヴァタール周囲の魔力から拡散率を計測して! あの神格を維持できなくなるまでの残り時間を算出するの!」


 M.Y.T.H.ではない証拠に、周囲に拡散防止の結界は構成されていなかった。となれば、あの魔力の塊は恐ろしい速さで空間に拡散し均一に薄められていくはず。


 それまでの時間を、防禦に徹して耐え抜けばいい。


「はい!」


 操縦士の返事が心地よく響く。


 ぐっと拳を握りながら、フィオラは奥歯が軋るほどに強く噛み締める。


 あの<朱蒙>という艦は、呪的戦略艦だったのか。あれが足止めのための幻なら、と強く願う。


 しかしその一縷の望みを打ち砕くかのように、カルキが動いた。


 右手に掲げた剱を振り上げ、断罪の一撃を放たんと唇に微笑みを宿す。


 反転している余裕はない。


 あの一撃がどんなものであれ、まともに受ければこちらは無事ではすまない。


「計測出ました、神格散逸まで残り32秒!」


 決して長くはない時間であったが、一撃を放つ時間は充分にある。


 そのときだった。


「散開しろ、てめェら邪魔だッ!」


 唐突にスピーカーから怒声が響き渡る。


 混乱したセシリアは頭上を振り仰ぐ。


 聞き覚えのある、しかし聞こえるはずのない声。彼はまだ、戦艦<グラウコピス>の医務室で意識を失ったまま眠っているのに。


 だが、反応したのはフィオラだった。


「全艦加速、カルキ=アヴァタールの左右から背後に回る軌道で移動開始!」


 驚きの表情で振り返るセシリア。


 ぐん、と加速する衝撃が足裏から全身に伝わってくる。転倒しないように手摺にしがみつき、フィオラは緊張した面持ちでスクリーンを見据える。


 ぐんぐんと迫り来るカルキの剱閃。


 フィオラの指示を訝しむセシリアに、フィオラは強い語気で答える。


「カルキ=アヴァタールは太陽の象徴よ、夜の女神の攻撃で勝てるわけがないわ!」


 左右に艦隊が分かれると同時に、その後方から第二の艦隊が姿を現す。


 後方の映像を目の当たりにしたフィオラの顔に興奮の笑みが浮かぶ。いつの間にか復帰していたのか、カルヴィスの艦隊は既に攻撃布陣を整えていた。


 余波に巻き込まれるわけにはいかなかったが、自分たちのせいで攻撃の手が緩んでは意味がない。


「加速が弱い! もっと速く!」


 最早直撃を避ける位置には来ている。だが神の斬撃がどこまでの力を秘めているものなのか、皆目検討がつかない。


 カルキ=アヴァタールの姿に近づくにつれ、艦船を震動が襲う。近づいただけでこの神気だ。次第に大きくなる震動の後ろで、カルヴィスの艦隊が攻撃態勢に入る。




「攻撃目標、カルキ=アヴァタール右腕!」


 包帯を巻いたカルヴィスは、壮絶な表情で繰り出される一撃から目を逸らさない。


「所詮は幻影だ……腕を引き千切ってやれッ!!」


 <グラウコピス>の主砲に光が宿った瞬間、一撃は放たれた。


 爆音がするかと思われるほどの、光の奔流。まるで小さな太陽一つの力が解き放たれたかの如きエネルギーが、回廊内で暴れ狂う。


 その巨大な光珠を貫くように、艦隊の砲撃がカルキ=アヴァタールに襲い掛かった。


 狙いは正確に、腕に叩き込まれる。振り下ろされた真紅の腕は光の槍を受けるごとに揺らぎ、歪み、そして四散する。




「神格維持限界、来ました!」




 カルキ=アヴァタールの瞳から意志の光が消えた。


 音無き叫びに大きく開かれた深遠に飲まれるが如く、そして自らが生み出した光を受けて聖なる騎士は崩壊する。


「止まるな、駆け抜けろ……そのまま回廊を突破しろ!」


 カルキ=アヴァタールの攻撃は、突き進んでくる艦隊を迎え撃つ光の牢獄。


 誰もがそう確信し、白馬の残滓を掻き乱しながら回廊の終焉へと殺到したときであった。


 突如として、それまで揺らぎつつも球形を保っていた光が暴発したのだ。それが本来の攻撃であったのか、それとも光を生み出したカルキ=アヴァタールの喪失ゆえの暴走か。


 どちらにせよ、光の爆発は後続部隊のカルヴィスらのみならず、先発隊として既に戦闘宙域を離脱しかかっていたセシリア隊をも巻き込んでいた。


 艦を襲う衝撃は容易に操縦の自由を奪い、コンピューターを誤作動させる。悲鳴と警報が錯綜する中、ニュクスにも凄まじい衝撃が到来する。モニターが赤く染め上げられると共に、耳をつんざくほどに鋭い警告が暴力的に暴れまわる。


「どうしたっていうの!?」


「回廊<外壁>に艦が接触しました……現在進路復旧中!」


 大きく流される形となったニュクスの後部が回廊の外周に接触したのだ。極めて狭小の空間としての『回廊』という矩形通路の命名の理由は、こうした外周部分に存在する結界の存在にも見ることが出来た。


 艦の外装部分が結界に抵触し、火花を上げながら削り取られていく。吸引力まで兼ね揃えているため、小型の機体であれば成す術もなく破壊の運命を享受するしかないのであるが。


 さすがにニュクスレベルの艦船であれば、離脱は可能だ。


 漆黒の鎧を破砕された無残な姿で、ずるりと結界から離脱したニュクスは、回廊終焉を目視できるところにまで到達していた。


「速度を維持して、<グラウコピス>に通信、カルヴィス隊の無事を確認しなさい」


 混迷と思索の迷宮から抜け出したセシリアは、鈴のような声で指揮権を取り戻していた。


 ややあってカルヴィスからの連絡を受信。あちらも爆発の衝撃によって数艦が結界に接触したものの、航行不能に陥ったものはいないということであった。




 既に回廊内に<Dragon d'argent>の機影は見えない。


 探査装置によっても、回廊内に反応は無い。


 だが、向かった先は分かっている。今出来ることは、このまま<Hodホド>に実体化を果たし、ヴェイリーズを取り返すことなのだから。


 回廊を閃光と共に抜け、隊列を組み直すための一時休止連絡を各艦に配信しようとしたときであった。


 実体化とともに、だしぬけに各種アラームが鳴り響く。


 何事かと目を瞬かせる操縦士は、有り得ないほどの至近距離に<Dragon d'argent>艦隊の反応を確認する。


 どうして、という問いは、ついに発せられなかった。探査装置の表示には、周辺宙域に<Dragon d'argent>のもの以外にもう一種類、反応する光点が明滅していたからだ。


 他のものよりも一回り大きいマーカーで表されている、それ。


 甲冑を纏った雄牛の紋章が描かれた深紅の艦は、紛れも無く<Taureau d'or>第二騎士団元帥テレンス・アダムズの旗艦<アレス>のものであった。

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