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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第三部  Bien qu'il y ait une méchanceté chaude, le monde continue.
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第二十五章第一節<Palm of Goddess>

 まだ幼い両の掌に載せられたのは、茶褐色になった一冊の本であった。


 だがそれを本として認識するには、少女にはあまりに知識が足りなかった。何故なら、少女にとっての本とは、非常に高い透過度を持ち、リーダーに挿入することによってディスプレイに映し出された映像なのだから。


 驚き、目を丸くして見上げる少女に、父親は微笑みながら頭を撫でた。


「それを、お前は、これから毎日、読みなさい」


「これは……?」


 少女は、表紙に綴られた奇妙な書体に指で触れた。


 紙を重ねて本にしたものなど、少女の持つ本では一つとしてなかった。保存効率と、複写能率の双方から低いとされているためと、そして上質な紙の値段が高価であるという理由だ。


 そのため、唐突に紙の書物を渡された少女が驚きに動きを止めたことも、無理からぬことであった。


金烏玉兎きんうぎょくとという本だよ」 


 遠い国の言葉を、父親は滑らかな発音で口にした。


「お前には、おじいちゃんと同じ力がある。だから、マグリエル家のしきたりとして、この本を勉強するんだ」


「おじいちゃん」


 少女は、まだ数少ない記憶の引き出しから、祖父の記憶を引っ張り出す。いつもとは違う、白い服を着て、難しそうな言葉を唱えて。


「お前は将来、おじいちゃんみたいな仕事をするんだよ」


「いやだ、あたし、学校の先生になりたいの」


「お前の力は、特別な力なんだ。欲しくても手に入らない人たちがたくさんいるんだよ」


「いらない、あたし、そんなのいらない」


「フィオラ」


「いやだ、いやだ」


 


 


 ゆっくりと瞼を開けたフィオラは、まだ幼い自分の声が耳の奥の膜を震わせているような、奇妙な錯覚を覚えていた。


 部屋全体が真っ白で、強い光を感じたフィオラは一度瞼を閉じ、ゆっくり光に慣らしていく。


 躰を起こすと、そこはどうやら医務室のような場所であった。淡いブルーのパジャマを着せられており、見れば躰のあちこちに包帯が巻かれている。


 ゆっくりと記憶の紐を手繰り寄せる。


 私は確か、<Dragonドラゴン d'argentダルジャン>の施設に、ヴェイリーズの救出に向かっていたはずだ。


 そして、カルヴィスとメイが罠にかかって、私たちが鬼を調伏して。


 そのときに、物凄い音が聞こえたことまでは覚えている。


 額に手をあて、溜めていた息を吐く。混乱しそうになる頭の中を整理しよう、と考え始めたときであった。


 医務室のドアが開き、軍服に身を包んだ女性が入室してくる。


「意識が戻ったようで、何よりです……フィオラ」


 名を呼ばれ、フィオラの眉間に皺が寄る。


 当然だ。知らない人間から名を呼ばれ、かつ自分の居場所を知らないとなれば、警戒するなというほうが無理なのだ。

「私は、この艦の指揮を執っております。<Taureauトロウ d'orドール>第二騎士団中将、セシリア・エルフェランス・ヴァリアクト・フォレスティアと申します」


 差し出された手を取ろうとしたフィオラの指が止まる。逡巡の後、細く整った指は、シーツの上に落ちた。


「……王家の血統なのね」


「今は王家殺害の疑惑をかけられた、重犯罪人ですけれど」


 苦笑を漏らしながら、セシリアは自嘲気味に笑って見せる。


「ここは、どこなの」


「戦艦<ニュクス>の医務室です」


「そうだ、ラーシェンは? メイは! カルヴィスは! 私と一緒にいた人たちはどうなったの!!」


 セシリアはその言葉に一瞬、顔を曇らせるが、すぐにそれを笑顔の仮面の下に押し隠す。


「残りの方は、まだ薬師の暗示で眠っております……ご安心ください」


「そう……」


 寝台の上で、自分の膝に顔を落とし、溜息をつく。


「あなた方が<Dragon d'argent>の施設に潜入してから三十分後、連絡が途絶えたので、我等の艦隊を派遣しました」


 それが、あの異形に挟まれたときに頭上から降り注いだ援軍射撃だったということか。


 作戦の成功が困難であったため、カルヴィスはそのような置手紙を残していたというわけだ。


 ただ、あのときは上層部に辿り着けただけであり、またどのような援護射撃をしてくるかということすら分からない。自分たちが今、生き残っているということは、本当にいくつもの偶然が積み重なった結果だと言えた。


 ここが、<Taureau d'or>の軍艦だという事実に代わりはない。


 だが、フィオラはさしあたり、生き残れたという点に関してだけは感謝の意を抱いていた。


 しかし、と考えたところで、フィオラは一つの重大な事実に思い当たった。


 だが、それを口にするのははばかられる。


 というより、まだ完全に相手を信用していない時点で、できる質問ではなかった。それでも、フィオラは目覚めたばかりの混乱した状況において、感情を完璧に押し殺すことは不可能であった。


 幾許かの揺らぎを見せたその姿から読み取ったセシリアは、フィオラを安堵させるような微笑みを湛えて、囁いた。


「あなた方の船のメインコンピュータには、こちらから遠隔操縦システムをインストールさせておりますので、現在は護衛下にあります。我等が艦隊の後方に位置しております、ご心配なく」


 フィオラは、まず胸中を読まれた驚きに目を丸くしてセシリアを見上げ、そしてややあって頷きつつ顔を伏せた。


 その様子をしばらく見下ろしていたセシリアは、やがて意を決したように、口を開く。


「ご無礼を承知でお願いがあります」


 口調が変わったことに気づき、フィオラは顔を上げた。やや緊張した面持ちのセシリアは、一度言葉を切ってから。


「現在、我が艦隊は<Dragon d'argent>の艦隊を追撃中、ですが目標周辺領域に結界を確認、通常兵器の有効確率が45%と診断されました」


 続きを促すように、黙ったままセシリアを見つめるフィオラ。


「……そのため、是非、あなたのお力をお借りしたい……ヴェイリーズの確保のためにも」


「そして同時に、あなたの評価のためにも、ね」


 皮肉で返しつつ、フィオラは寝台から降りた。スリッパに爪先をいれ、冷え切った床を歩いて向かいのソファにあった私物に手を伸ばす。長衣、書物、そして幾つかの小物を確認してから、小さく頷く。


「いいわ、手伝ってあげる……着替えてから、ブリッジへ、それでいい?」


「構いません」


 セシリアは頷いてから、医務室のドアへ向かって歩み寄り、そして振り向いた。


「では、また後ほど……ブリッジにて、お会いしましょう?」

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