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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第三部  Bien qu'il y ait une méchanceté chaude, le monde continue.
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第二十四章第一節<Forbidden Spell>

「お願い、これから言うことをよく聞いてください!」


 熱に浮かされたような興奮のまま、メイフィルは通信機に向かって叫ぶ。


 その声は、確実に、ラーシェンとカルヴィス、二人の下へと飛んだ。


「セキュリティシステムへの干渉ができたの、これから1200秒以内なら道教召鬼術セキュリティ・システムが拘束できています!」


「……やるじゃねえか、お嬢ちゃん」


 眼前に迫ってきていた豪腕と爪は、まるで時がその流れを止めたかのように静止している。憤怒の形相、そして見事な体躯をそのままに。


 異形は、その実体を現実世界に定めたままに、硬直していた。


 カルヴィスは特殊弾丸を装填した銃を回転させてホルスターに戻すと、立ち上がりざま部下に指令を下す。


「1200秒以内に、できるだけ現在位置からの脱出をお願いします……それ以上の再拘束は保証できません!」


「最後の好機、か」


 肩にヴェイリーズを担いだまま、ラーシェンは天井を見上げた。


 あれから度重なる異形の襲撃によって、ほとんど距離は稼げていない。隣のフィオラは当初に比べればだいぶ回復してきてはいるが、まだ全幅の信頼が置けるほどではない。


 だがそれは、異形を相手にした戦いにおいての、判断基準であった。


 通路の行く手に人の気配が集い、警備兵らが銃口を構える。


「できるな」


「ええ」


 振り返ったラーシェンの傍らを擦り抜ける形で、フィオラは結印して交錯。印形は親指と小指をあわせ、残りの三本を突き出し、左右の手首を交差させる軍荼利明王呪印。


オン 婀蜜哩帝アミリティ ウン 発吨パッタ


 警告の文言を口にするよりも前に、警備兵らは灼熱の牢獄に囚われる。




「エレベータは使えねえぞ、階段はあるのかよ?」


「c-2区画から左へ折れてください、突き当たりの階段で第五層までショートカットできます」


「上等」


 カルヴィスは先頭を部下に譲り、自分は後方支援へと回る。


 こういう場合、とにかく前方の注意にばかり神経を奪われやすい。逸早く脱出しなければ、という思いからつい後方への配慮を怠ってしまい、不意打ちによって帰ってこなかった仲間をよく知っている。


 一般兵装へと装備を変更し、銃を構えながらカルヴィスは通信機に囁く。


「さっきとはえらい違いじゃねえか……どんな手品を使ったんだよ、お嬢ちゃん?」


「……お父さんが、ついててくれた気が、したんです、だから……」


 緊張の糸が緩んだのか、鼻を啜る音がスピーカーから聞こえてくる。


 だが、まだ地獄は終わってはいない。ここで気を抜いたら、生きては帰れぬ。その事実だけは、誰もが胸に刻んでいるはずだ。





「メイ、カルヴィスの部隊はどこだ」


「ちょうど左右反対側の階段から上層へと向かっています」


 長衣の裾を揺らし、ラーシェンは大股で通路を進む。周囲に人の気配はない代わりに、ヴェイリーズへの警戒のためか、この区画には恐ろしい数の異形がひしめいている。


 それはあたかも、古代世界の寺院の彫像のようでもある。この数が一斉に動き出したなら、たとえラーシェンであったとしても、防ぎ切れる自信はない。剣呑な牙を秘めた森を進むように、ラーシェンとフィオラは足早に進む。


「合流はできるか」


「第五層か、第四層で通路は交差しています、このまま障害がな……ラーシェン左にッ!?」


 悲鳴に似たメイフィルの声と、ラーシェンの反応は、果たしてどちらが先か。


 素早くベルトに手をやったラーシェンは、交差した通路の彼方に身を隠していた警備兵の眉間を振り向きざまに正確に打ち抜く。


 その所作は、一片の淀みも遅滞もなく。気配の看破と隠蔽、それがSchwertシュベールトMeisterマイスターの力なのだろうか、とメイフィルは改めて納得する。


 


 脱出劇は、それで上手く行くはずであった。


 カルヴィスの部隊とメイフィルが合流したのが270秒後。


 それから一路階段から第五層へと駆け上がり、途中数回に渡る警備兵との交戦があるも、ほとんど足止めにすらならぬ対応で切り抜け。


 そして残り384秒、充分すぎる時間を残し、カルヴィスは第四層へと到達していた。


 その通路を塞いでいた警備兵ら六人を殲滅し、カルヴィス隊はラーシェンとの合流を待機していた。


 ラーシェンからの報告によれば、第四層へはほどなく辿り着ける。その間、移動を止めているリスクを犯してでも、今後は慎重に行きたいというカルヴィスの判断で、しばしの間の小休止を行うことになった。


 秒単位の休息とも呼べぬ時間であったが、それは極端な緊張を強いられてきた兵士たちの士気を取り戻すには充分であった。


 メイフィルは立ち上がり、これから向かう先の角に目をやる。今後の映像記憶は頼りにならない。施設の構造は頭に叩き込んでいたが、人間の配置は機械とは異なり、刻一刻と変化する。


「カルヴィスさん、私、この先をちょっと見てきますね」


「おぅ」


 手を挙げ、銃の点検をしていたカルヴィスは気さくに応じる。


 そしてそれは、虫の知らせだったのだろうか。


 何か引っかかるものを感じ、メイフィルの後姿に振り返ったカルヴィスの視線に、T字路の天井に取り付けられた監視カメラと、そして眼前で動きを止めた異形が映る。


 危険はない、はずなのに。動き出すはずも、ないのに。


「……お嬢ちゃん、戻ったほうが……」


 床に手をつき、声を放つ。


 届いているのか、それとも少しだけという安堵感か、メイフィルはさらに数歩進む。


 俺は、何に怯えていると言うんだ。あの程度のことでは、システムは拘束できているはずだ。


 異形が動くはずが。


 



 異形は動かない。


 だが、他に侵入者への警備システムがあったとしたら。通常は異形解放に至らぬまでも、上層部特有のシステムがあったとしたら。


「戻れ、お嬢ちゃん!!」


 叫び声と共に、壁の一部が動き出す。


 はっと身を固くするメイフィルの眼前で、壁から現れた黒く縦に細長いセンサーに光が灯る。


 間に合うか。


 立ち上がり、床を蹴るまでの自分の躰の動きがやけに緩慢に感じる。感覚だけが先行するという、夢の中のような奇妙な錯覚の中、カルヴィスはメイフィルに向けて懸命に腕を伸ばす。


 女性に対する礼儀、などというものを考えている余裕はなかった。


 前に回した指が腹の当たりのシャツを掴み、そのまま力任せに引き寄せる。


 唐突に躰を強い力で引っ張られたメイフィルが困惑の表情を浮かべ、振り返った。


 カルヴィスはそのまま腰を落とし、無理やりに重心を下げて前傾姿勢に耐え抜くと、太腿に渾身の力を入れて全力で後ろへと跳ぶ。


 無理な体勢で力を込めたために、太腿に激痛が走るが無視。そのままメイフィルの腰を抱えたままの格好で、仰向けに二人で倒れこむ。


「きゃあッ!?」


 ようやくメイフィルの口から悲鳴が漏れる。だが、その声でカルヴィスは全身の緊張をやっと解くことができた。


「済まねぇな、お嬢ちゃん……」


 悲鳴を上げられるということは、無事であるということなのだから。


 どっと噴出す汗を拭うこともせず、カルヴィスは眼前のセンサーから横に数条伸びた、緑色の光線の柵をただ、見つめていた。

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