間章ⅩⅩⅢ<写本統合>
紫の渦を貫いて屹立する、十二の柱。
無数の罅が縦横に走っているそれは、中心に収斂する恐るべき力を秘めた渦の只中では、容易に折れ砕けてはしまいかと思われるほどであった。
かつては宮殿があったのだろうか。柱の台座と床石は既に失われ、そして代わりに出現したのは、空間の秩序を乱すほどの大穴。
紫の渦とは、すなわち膨大な魔の塊。
かつて十二の護人が睥睨していたこの地に、今は人影はない。
――先刻までは。
「どうして?」
身の丈を超える錫を持つ少女は、眉間に皺を寄せ。
「秘教が、力を失わぬだけのものがあるということか?」
抜き身の剱を携えた黒衣の男は、ただ渦の一点のみを見つめ。
「……異端、という者かの?」
卵の殻に押し込まれた初老の翁は、両手で宝珠を掲げ持ち。
三つの人影は、それぞれの柱頭において、渦を見やる。
「L.E.G.I.O.N.の持つ写本<逆しまの湖>は、護人に奪われたそうじゃない?」
「統合は既に終了している」
「まさか」
「オルガ・ペリン……シャトーの十二の護人の力だ」
「これで、三つ?」
声が、途切れた。
しばしの沈黙の後、黒衣の男が口を開く。
「<紫の園>、<偽りの光>、そして<逆しまの湖>……恐ろしいのは、写本の相剋たる宝剱すら、彼等は手にしている」
「つまり、暴走はありえないってワケね?」
「だが、だがの」
口を挟んだのは翁。
「最後の庭園は、いまだ闇の中というわけだ」
「<Cochma>、<Binah>、<Chesed>、<Geburah>、<Tiphreth>、<Netzach>、<Hod>、<Iesod>……八つの活動可能領域を開拓し、残る庭園は二つ」
「それを追いかけているのは、L.E.G.I.O.N.というわけね」
「然様、然様。 そのどちらに残る写本が眠っているかは、自ずと知れようというもの」
「でも」
「見つけてはいるだろう……これらに、そのカバラの名を冠させた魔術師ならばな」
「残る<Kether>、しかし他の庭園と同じく、実質的な距離は意味を持たぬ」
「<Kether>に続く回廊は三つ、アレフ、ベス、ギメル……しかしいずれの回廊もいまだ解き明かせてはおらぬ」
「それが、写本だというの?」
「そうでなければ、説明がつかぬ」
唸るように喘ぐ翁。
「これほどに頑なに身を隠し続けているのは、自らが操られるのを拒んでいるからに他ならぬ」
「最後の写本は、<隻眼の龍>」
少女は錫を中空に放ると、とんと柱頭を蹴った。
重力を感じさせぬ動きで虚空を舞うと、一人穏やかに呟く。
「十二の護人と、眠り続けるシャトー……邪神と夢幻王たちに、似ているんじゃなくて?」