第二十一章第二節<Word of Past>
「……了解だ」
作戦会議の後半はほぼ、フィオラとカルヴィスの二人によって話し合われていた。
騎士団到着によって一時は起き出してきたメイフィルは、話がある程度まとまった時点でフィオラに部屋に戻って休むように諭され、またラーシェンは影のように姿を消していた。
「じゃあ……五時間後だな」
頷くフィオラを確認し、カルヴィスは操縦室をあとにした。気圧式ドアを開け、そして足が止まる。その姿勢のまま固まるカルヴィスの背後で、ドアが閉まる。
彼の視線の先には、腕を組んだまま壁にもたれるラーシェンがいた。
「……何してんだ?」
姿勢を崩さず、顔だけをこちらに向けたラーシェンは、前髪の奥から鋭い視線をカルヴィスに向けた。
「お前たちの本当の目的はなんだ」
まるで言葉そのものが短刀のように放たれ、脆弱な嘘で出来た仮面などは容易に砕いてしまいそうな語気。酒場で出会ったときとは、完全に別人のような気配であった。
「目的に本当も嘘もあるものなのかい?」
微笑を絶やさずに前を通り過ぎようとするカルヴィス。その姿に、ラーシェンは声を荒げることも、手を伸ばして襟首を掴むこともしなかった。
ただ一つだけ、まるで呪を重ねたように抗えぬ声で、呟いた。
「お前たちは、ここに何をしに来た」
廊下を過ぎ、ドアの向こうに消えんとしていたカルヴィスの足が止まる。
しばらく背を向けるカルヴィスの反応を見据えるラーシェン。
「……デァ、ズァーリッツ エル ファリア」
奇妙な響きが、カルヴィスの唇の間から漏れる。
ラーシェンの知らぬ呪文ではなかった。ラーシェン自身は呪術を使えなかったが、度重なる戦闘の経験により、Faculteurの能力を持つ者が呪術を使う際特有の気配は知っているつもりだった。
この空間に呼び出されたエネルギーの気配はない。
だがラーシェンは身を固くする。先刻までの、研ぎ澄まされた殺気は何処へかと消えていた。瞳は驚きのあまりに大きく見開かれ、詰問するために引き結ばれた唇は今にも言葉を吐き出さんと開かれている。
「……お前、何処で、それを」
「知ってるのか、やっぱり」
指摘を逆に返され、ラーシェンは狼狽した所作で自らの口元を手で覆う。
だが既に口にした言葉が、それによって打ち消されるわけもなく。何も言えずにいるラーシェンに振り向き、硬直する表情をまじまじと見つめる。
「……お前なんだな?」
「どうして、お前がそれを」
二つの問いが交錯する。互いが互いに問いかけ、その結果として言葉が凍りつくのは当然の結果であった。
しかし、両者のうち、どちらがより動揺しているのかと問われれば、答えは一目瞭然であった。
「放浪の身のSchwert・Meisterが、どうしてこの言葉を知っているんだい?」
「……同じ質問をお前にもさせてもらう」
埒があかない。そう判断したカルヴィスは、溜息をついてラーシェンを眺める。
「……できれば、こんなことは言いたくはなかったんだが……」
俯き、逡巡し、そして顔を上げ。
「口止めされていたことだが、これだけは教えておこうと思ってな……俺たちの部隊の旗艦には、セシリアがいる」
今後こそ、ラーシェンは雷撃に打たれたような反応を見せた。
「今のアンタには、それで充分だろう」
「……それは、本当なのか」
「ああ。あんたを見たら、さっきの言葉を口にしてくれとセシリアに頼まれててね」
前髪を掻き揚げて、カルヴィスは苦笑する。
「そうでなきゃ、あんな言葉を俺が知ってるわけないだろ?」
ラーシェンは黙って首肯する。
「まあ、そういうことだ」
「……カルヴィス」
言葉が続かなくなったカルヴィスが、気まずそうに呟き、背を向けようとしたとき。
ラーシェンの言葉が、再度呼び止めた。だが今度は、先刻とは比べ物にならぬほどのか細く、弱く、頼りなく。
続く言葉は消えた。言い淀んでいるのは、言葉が見つからないのではない。
聞きたいことは山ほどある。だが、それらをカルヴィスに聞いたところで、本当に欲しい答えが返ってくるとは限らないのだ。しかし、セシリアを前にして、言葉を紡げる自信がない。きっと、自らの生み出す問いによる螺旋迷宮に絡め取られ、押し黙ることだろう。
「……セシリアは……元気か」
その問いは、カルヴィスにとってもひどく予想外のものだったのだろう。面食らった顔をして、それから頬の緊張を緩め、笑みをつくる。
「あぁ、元気だよ」
その言葉で、今は充分だった。
セシリアの所在が分かっただけでも充分だった。
あのとき、<Tiphreth>の辺境都市で逃げ出したときの心境とは、大きく異なるそれ。
「フィオラの護衛……頼んだぜ、色男?」
とん、とラーシェンの肩を拳で押しやると、カルヴィスは廊下のドアの向こうへ、姿を消した。