第二十一章第一節<Arrival>
薄汚れた操縦室は、到着したカルヴィス・ウーゲル中将を客人として迎えていた。
無論、搭乗する際には携帯武器のチェックや通信機など厳重なチェックが成されている。
たとえ一人とはいえ、相手は<Taureau d'or>騎士団中将なのだ。いくら臆病と罵られたとしても、警戒しすぎるということはなかった。たとえ小型の通信機一つを見逃そうものなら、それによってこちらの内部の様子が旗艦へと筒抜けになり、最大効率をもってして拿捕される可能性すらあるからだ。
しかし、事前に通告しておいた通りにカルヴィスは一人で約束の場所まで来たし、また武器を携行している様子はなかった。センサーによるチェックでも引っかかることはなかった。
それはつまり、カルヴィスが完全に無防備な状態で地下組織の艦へと赴いたことを意味していた。
だが、恐らく軍の方でもこちらと同じ懸念はされていてしかるべきであった。
何せ、相手は反政府組織なのである。丸腰の将校一人を要求し、それを人質として何らかの要求をしてくるかもしれないという不安はあったはずだ。
それなのに、カルヴィスはこちらの指定するままの格好で来たのであった。
そして、それら以上に驚きなのは、カルヴィスの所作に、何等ぎこちないところがないのであった。
目の前に映し出された無数の光点や表示記号、それぞれの数値などを一瞥しながら、カルヴィスは小さく呟いた。
「砂嵐、か……?」
「ええ」
腕を組んだままの姿勢でフィオラが首肯した。
「それも、かなり厄介な代物ね……ここ百二十分間、動く気配を見せないの」
「<Dragon d'argent>の作り出した気象結界の可能性はどうなんだ」
「それはないわ」
とん、とフィオラが記号の一つを指差した。
「中心部の気圧変動が大きすぎる……これは自然現象よ。人為的な気象結界なら、ここまで不安定にはならないわ」
「俺の部隊を動かしてもいいんだが……」
無精髭にざらつきはじめた顎を擦りながら、カルヴィスが視線を落とす。
「人質一人救出するのに部隊で陽動ってのも、ちょっとな」
「第一、隙がありすぎるわ」
潜伏基地の規模と、部隊編成を考えれば、効率が悪い手段であることに間違いはない。
「だけれども、あなたの部隊には、どの道お世話になるしかなさそうね」
「お、そりゃどういう意味だい?」
下から見上げるようにして顔を覗くカルヴィスを鋭い視線で捉えながら、フィオラは腕を組みつつ答える。
「私たちは戦闘のプロじゃないってことよ」
対妖魔戦闘では一日の長があるものの、人間同士の戦闘の技術や知識はプロの戦闘集団に大きく劣る。こと部隊戦闘に関しては、傭兵部隊とやりあったとしたらまず間違いなく負けるであろう。
魔術や呪術は兵器と同義ではないのだ。
「だから……陽動は私がやるわ。あなたは部隊を指揮して、実働として参加してもらいたいの」
「いいねえ」
何度も頷きながら、カルヴィスはテーブルからやや離れた位置に座るラーシェンに顔を向ける。
「色男はどうするんだい?」
その問いにはラーシェンは答えない。顔をあわせることもせず、ただ沈黙を護るのみ。
カルヴィスもまた、その反応は充分に予測していたらしく、沈黙に動揺することもなくじっとラーシェンを見つめている。
そんな時間が数分続き、そして均衡を破ったのはラーシェンだった。
「俺は一人でやらせてもらう」
立ち上がる際に、腰に吊った太刀の鞘がかちりと鳴った。
見下ろすカルヴィスの脇を、視線を合わせることもなく通り過ぎ、そして背後へと歩み去る。意図的に反応を最小限に抑えられたことにカルヴィスは苦笑し、掌を上に向けて肩をすくめるポーズをとって見せた。
「やれやれ、どうやら歓迎はされていないみたいだね」
「歓迎を期待していたの?」
棘のある口調で、フィオラがねめつける。
「それにしたって、もう少しまともな言い方だってあるだろ?」
「意見の相違ね」
フィオラは冷たくはねのけ、テーブルに手をついた。
「軍事政府の下で働いている貴方たち騎士団の人間に、私たち一般の人間がいつでも媚びへつらうとは思わないことね」
フィオラの言葉に、カルヴィスは口笛を吹いた。
「言うじゃないか」
「そうよ、私たちにだって意思はあるの。もしなんなら、ここで全員を銃殺刑にでもする?」
「やめとくよ」
自分たちの経歴を話そうともせず、カルヴィスはフィオラの言葉に答えた。
「さて、じゃあそろそろ、計画について話し合おうじゃないか」
「囮は私……大体この位置で警邏の兵士をひきつけるわ。そちらの部隊はどのくらい?」
物陰が多く、また施設予測ポイントからもっと離れた箇所を指で差しながらフィオラは質問する。
「三個小隊を派遣する。多すぎてもそれだけ発見される確率が高くなるから、これ以上は効率悪いだろ?」
フィオラは小さく頷き、残る二人のメンバーを交互に見比べた。
「貴方たちはどうするの? ……とはいっても、メイはここで待機してたほうがいいわね」
「どうして私だけ置いていくの」
その声には、もう縋りつく弱々しさは微塵もなかった。
「向こうだってセキュリティシステムは完備しているはずよ、万が一退路を断たれたりしたとき、ハッキング出来る人がいるってわけ?」
「決まりだな」
メイフィルの言葉を後押しするように、ラーシェンは呟いた。
「お前一人で陽動をさせるのは危険だ」
「優しいわね」
ラーシェン、メイフィル、カルヴィス。
三人の間で、ヴェイリーズ救出の作戦は、組みあがっていった。