間章ⅩⅩ<黄金甲冑の亀裂>
本国へと帰還した第五騎士団<星彩青玉>セヴラン・ファインズ大将は、あまりの事態に頭痛すら覚えていた。
自分が空席にしていた一週間の間、セヴランは二人の中将にそれぞれ管理権限を与え、執務が滞ることがないように配慮していたはずであった。
実際、二人の中将はよく働いてくれたし、また目立った混乱はなかった。
だがしかし、帰国したセヴランの元へ届けられた最初の報告には、一週間の不在証明の督促状が含まれていたのだ。
それを見たセヴランは内心舌打ちをしたが、この程度の行き違いならば容易に修正することができる。本当のところ、在任している二人の中将に対して調査なりをすればいいことなのであるが、書面での報告がなされていないという事実には代わりはない。
余計な仕事が増えた、と眉をひそめていたセヴランを待ち受けていた本当の混乱は、それより一時間後にもたらされた。
<Dragon d'argent>からの書簡であった。
それを受け取ったセヴランは、驚きのあまり身を固くする。
最上位封印の施された重要書簡のことなど、全く知らされていなかったからだ。
取り急ぎ在国中の中将に連絡を取るも、彼等にすら情報は与えられていなかった。
着信は帰国より四日前。情報部に連絡を向けると、書簡到着はなされたものの、在国した第二騎士団<琥珀>テレンス元帥にのみ報告が行われていたという事実を口にした。
パス・コードによって書簡の内容を頭に叩き込んだセヴランは、そのまま大股でテレンス元帥の執務室へと向かった。
気圧式のドアが開いた瞬間、セヴランは正面にあるテレンスのデスクにつかつかと歩み寄る。
既にセヴランは自分の感情を隠すことを放棄しているため、その表情からは容易に怒りが読み取れる。にもかかわらず、テレンスは涼しげな表情のまま、足を組んだままセヴランをじっと見上げていた。
「貴様……どういうつもりだ!?」
「どういうつもり、とは?」
逆に問い返すテレンスの口調は、セヴランの怒りに油を注ぐ結果でしかなかった。
「重要書簡の報告など、私は聞いていないぞ!?」
「不在証明の一つも出さずに行方をくらました男の言い分としては、随分と強気じゃないか」
言葉に詰まるセヴラン。
相手の先手を挫くことができたテレンスは、ゆっくりとした所作で立ち上がり、両手を後ろで組んだ。
「書簡を通信で送ることは出来んだろうし、貴殿がどのような任務に就いているかも分からん。そんな状況で、貴殿に書簡到着せりという通信を送ることが、果たして適切かな?」
「……それなら、私の部下に連絡をすればよかろう」
「貴殿の部下にだと?」
ふん、と鼻を鳴らしながらテレンスはセヴランに一瞥を向ける。
「貴殿が部隊内でどんな教育をしているかは知らんが……少なくとも私は、機密情報を不用意に部下に漏洩するなどという愚挙は犯さんよ」
明らかに階級差を意識させるその言葉遣いに、セヴランは顔の筋肉を震わせる。
「まあいい。貴殿の本当の目的は、そこではないのだろう?」
甲高い声は、何処までも神経に障る。不快な緊張を強いられ、こみあげてくる頭痛を堪え、セヴランは言葉を続けた。
「あれは四日前の書簡だ……<射手座宙域の聖歌隊>の記録の譲渡、貴殿はどう対応した?」
「あぁ、その件か」
骨ばった指を組み、テレンスは向き直った。
「幸い、活動可能領域<Iesod>には、セシリアとカルヴィスの部隊がいる。あの二人に、<Dragon d'argent>の調査を依頼した」
テレンスの口にした調査、という言葉に、セヴランは本来の意味以上のものを感じた。
果たしてその行為が、調査だけで終わるものなのか否か。
詳細な情報を得ようとするならば、それだけ<Dragon d'argent>に肉薄せざるを得なくなる。こちらに対して国家間の交渉を持ちかけようとしている以上、そこに不穏な動きを見せる輩が現れれば、排斥することを躊躇いはしないだろう。
「莫迦な! そんなことをして、二人が無事で済むはずが……」
「二人は私の騎士団の人間だ。どのような戦略行動を組むか、貴殿にとやかく言われる筋合いはない」
指を組んだまま、テレンスは背を向けた。
「用件が済んだら、そろそろお暇願えるかね?」