第二十章第一節<Unexpected Support>
男の呼びかけに、操縦室は騒然となった。
ディスプレイの中の男は、身なりこそ着崩してはいるが明らかに軍服である。
黄金の雄牛のエンブレムは、紛うことなき<Taureau d'or>の紋章であった。
言わば反政府組織と<Taureau d'or>の軍部の人間が出会ったならば、そこに生じる力関係はただひとつ。我々は逃げることにしか選択肢はなく、相手は自分たちを追い詰める敵でしかない。
その両者の対面から生まれる状況は、常にこちらにとって不利なものでしかないはずだ。
だからこそ、こちらが軍の通信を受信したということは、自分たちの存在や現在位置などが完全に看破されているのだということに他ならない。
しかし、男の様子は、彼等が想定していたものと、大きく異なっていた。
「俺はカルヴィス・ウーゲル中将だ。<Taureau d'or>第二騎士団<琥珀>所属、現在は治安維持警備軍としての任に携わっている」
ディスプレイの中で、カルヴィスは正式の敬礼をしてみせた。
そのときばかりは唇を真一文字に結んだ、真摯な表情をしてみせるものの、すぐににやりと頬を緩めて力を抜く。
「……ラーシェン・スライアーだ」
「結構」
ぱん、とカルヴィスは両手を打ち合わせてみた。
「最初に断っておくが、俺たちは君たち反政府組織をどうこうしようと言うつもりはない。それだけは、まず、わかって欲しい」
「……とんだ茶番ね」
それまで、ただひたすら無言のまま見守っていたフィオラが動いた。吐き捨てるように呟くと、ラーシェンの横をすり抜けて通信切断のパネルに手を伸ばす。
だが、パネルに指を伸ばすより僅かに早く、フィオラの手首をラーシェンの指が掴んでいた。
「……何をするの」
「待て、まだ早い」
息がかかるほどの距離で向かい合ったまま、無言でラーシェンを見据えるフィオラ。その眼差しは、気迫をもって魔を調伏せんとするだけの意志の込められたものであった。
だが、フィオラはそのままの表情で今度はディスプレイへと向き直る。
「それで? 今こうしている間、あなたの部隊はここに殺到してるって寸法ね? せっかくだからお茶でも用意しとくから、到着想定時刻くらいは教えてもらいたいものだわ」
「信じてもらえないのも無理はない」
少し表情を強張らせ、カルヴィスはフィオラに視線を向けた。
「だが、こちらには君たちを捕まえるよりも優先すべき任務があるのだ」
「何よ?」
「……<Dragon d'argent>の掃討だ」
<Dragon d'argent>の名前に、フィオラは動きを止めた。
「……なんですって?」
「現在、この惑星周辺宙域に<Dragon d'argent>の部隊が潜んでいることはこちらの調査で分かっている。それも、軍事行動を展開するに足る装備と人員をつぎ込んでいる」
「ちょっと待ってよ」
混乱しかけた思考を整えるように、フィオラはこめかみに指を当てた。
「なんだって、こんな辺境に<Dragon d'argent>の部隊が来てるっていうの!?」
「それを理解するためにも、俺の話を冷静に聞いたほうがいいと思うんだけどね?」
顔を上げるフィオラは、それがカルヴィスにからかわれた台詞だと気づき、耳を赤くしながら視線を逸らす。
「まあ、そういうわけで、俺たちが追っているのは君たちではなく、<Dragon d'argent>のほうだというわけだ」
「なるほど」
ラーシェンは腕組みをしたまま、カルヴィスを見上げる。
「では聞こう。<Dragon d'argent>の情報を掴めるほど高性能の機材を積んでいるわけでもなく、そして軍の戦闘装備に比肩できるほどの武器があるわけでもない」
ラーシェンがカルヴィスを睨む視線は、先刻のフィオラと同じくらいの気迫が込められている。
「そんな状況で、俺たちに通信を求める、お前の目的はなんだ」
「……ヴェイリーズ・クルズ。こちらの調査で、彼が君たちの組織の重要人物であることはわかっている」
「彼を知ってるの!?」
反応を見せたメイフィルに、カルヴィスはちらりと視線を向ける。
「ああ、彼女が君の写真の女性だね? 君のことは覚えておこう、いつか君を知る人物に出会ったら、必ず連絡をするからね」
「え……?」
メイフィルはカルヴィスとラーシェンとを見比べ、困惑した表情を浮かべている。何故自分のことを軍の人間が知っているのか、と言う質問が湧き上がってくるが、今はそれどころではなかった。
「その反応からすると、ヴェイリーズはそこにはいないんだな?」
言うべきか、言わざるべきか。
一瞬の迷いを見せたラーシェンの横で、フィオラが声を放った。
「いないわ」
「どういうことか、聞いてもいいかな」
「九時間前、ここから西に百二十キロの地点で、彼の乗る哨戒機のエネルギー反応が途絶えたのよ」
「……なるほど」
今度はカルヴィスが頷く番のようであった。
「詳しいことはまだ言えない。が……こちらの調査によれば、恐らく彼は<Dragon d'argent>の軍に捕獲されていると思われる」
「<Dragon d'argent>に、彼が何の役に立つって言うの!?」
色めきだつメイフィルに、フィオラは物悲しそうな視線を向けた。それにラーシェンが気づくよりも早く。
神妙な顔つきになっていたカルヴィスは、低く、そして短く、呟いた。
「彼は……<射手座宙域の聖歌隊>の生存者だ」
カルヴィスの言葉がその場に及ぼした衝撃は大きかった。
だがその中でも、もっとも激しく揺さぶられたのは、黒衣の男。腰の太刀を震わせながら、ラーシェンの耳には、幻聴が蘇えっていた。
「パパ、ママ、ねえ、お空! お空、お空見てよ、ねえ!」