間章ⅩⅨ<逆しまの湖>
規則的な間隔で電子音が響く。
決して広いとはいえぬ部屋の半分以上の空間は、一目では用途の判明せぬ機器類で締められていた。
同じく床の大半はまるで蛇のようにのたうつケーブルの類が覆い尽くしている。
イオン臭がゆったりと漂うその部屋の中で、頭部を覆うヘルメット型の計測機器を装着した、一人の少女が椅子に座っていた。
「……かくして……カルディアトレート……陥落せり……二十万の紅の騎士……ライ・ヴォーグの闘龍……」
少女の呟きがたどたどしく漏れると同時に、頭上に奇妙な渦が揺らめく。
明らかにそれは自然現象ではなかった。
時折雷光を孕んで渦を巻くそれは、小さいがしかし内なる暴力的な力を秘めた台風のようでもある。その渦を見つめる貌が闇の中に浮かび上がる。
そう、部屋にいるのは少女だけではなかったのだ。
先刻までは何の気配もなかった闇から、唐突に人のざわめきが浮かび上がる。
その数、凡そ十一。
「皇帝、ギラル・カールナ……齢六百の肉体、はや……霊能をしてその意識を……魔道将らに自らの……」
びぃん、と異音が響く。
まるで、強弓の弦を思い切り弾いたような、低く強い音。大きくは無いが、存在を主張せんという意思を感じる音。震動は増幅され、性能を増強するために機器に張られた呪符が鳴動する。
少女の唇が、はっと呼気を吐く。
何かを呟こうとするが、それは言葉としては紡がれぬ。苦悶に耐える、乱れた呼気が白く、断続的に闇に散る。
限界か。
「潮時ですね」
背後の闇から、アルベルト・ガードナーが姿を現した。
その手には、南海の色を染め抜いたような色をした儀礼剱が握られていた。L.E.G.I.O.N.の中枢に安置されていた、一本の剱。
すいと一歩前に進み出たアルベルトは、頭上の渦に向け、剱の切っ先を向け。
「荒ぶる御霊よ、我、汝の意志を剋する力持つ者なり」
虚空を突く剱は、しっかりと渦の中枢を貫いていた。あたかも生き物のように揺らぐ渦は、次第に回転する力を弱めていく。アルベルトが手を離すと、剱は中空で渦を貫いたまま静止しており。
「……我、影無き世界を子宮として、その力、鎮めん」
流暢な言葉を紡ぐ少女。
それを契機に、渦が消失。代わりに出現したのは、鉄の格子で封印を施された一冊の古書。
それが剱に貫かれたまま、空中に出現したのだ。
アルベルトは恭しく一礼をすると、古書を手に取る。自分の手の上に心地よい重みを伝えるその古書を見下ろすアルベルト。
「<紫の園>、<偽りの光>、そして次なる写本<逆しまの湖>」
慈しむように古書を撫でるアルベルトの隣で、女の声がした。
「もういいわ……統合は終わったわよ、オルガ」
「はい」
ヘルメットを脱ぐと、その下からは少年かと見紛うばかりに髪を短く刈った相貌が現れる。だが、頬や鼻梁、そして躰の輪郭は、確かに女のものである。
「残りは四冊、しかしその所在は既に分かっておりますから」
アルベルトの言葉に反応したのは、男の美声。
「<輝ける御遣い>は壬生の娘が、<愁空の泪>は地護都市の巫女が、そして<息衝く城>は大いなる地霊が、それぞれ守護を担うと聞く……その回収は可能なのか?」
「可能ですよ」
涼しげな顔で、アルベルトが答える。
「残る一冊の写本<隻眼の龍>もまた、この世界にあると聞きます……四つの写本を纏めるならば、力の半数以上は我が手に。強制的にでも回収はできるでしょうね?」