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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第二部  Les taureaux d'or et les dragons d'argent se battent tout le temps.
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第十六章第三節<Gift for Traveller>

 いくら朝晩は冷え込むとはいえ、日中に屋外で躰を動かせばやはりそれなりに汗は出る。上空に砂塵などの遮蔽物がない状態では、太陽光のあたる場所の気温はぐんと上昇する。


 幸い、適度な大気対流のせいで人間が肌を露出した状態で光を浴びても、生命維持が出来る程度にまで気温の上昇は緩和されている。遮るものが何もない地表面では、太陽との距離も関係するものの、一瞬にして摂氏にして数百度を上昇させるほどのエネルギーの放射を受けているのだ。


 艦載した地上用偵察機の下から這い出してきたヴェイリーズは、両手を肘まで真っ黒にさせている機械油に顔をしかめ、肩で顔の汗を拭う。だが、既にたっぷりと汗を吸い込んでいるシャツでは単に汗を引き伸ばしたくらいにしかならぬ。


 躰を起こし、機体にかけてあるタオルを取って両手の油をごしごしと拭き取る。


 ヴェイリーズは無機質な艶消しの銀色の機体を見上げ、一人頷いていた。


 昨夜のフィオラの話によれば、今日は凶相の出る日だという。しかしながら、凶相が重なることを回避するために急遽出発することが決定したのだが、朝食の場でフィオラから気になる話を仕入れていた。


 明け方にもならぬ夜明け前の時間に、雲間に人工の光を見たという話。


 こんな辺境の惑星に、衛星が周回しているなどという話は聞いたことがない。


 だとすれば、遥か過去に遺棄された機体の電源がまだ奇跡的に生きているための光か。それとも、どこかの船がこの惑星の周辺宙域に来ているというのか。


 前者であれば問題はないが、後者であれば一歩間違えれば大きな危険ともなりかねない。


 そもそも、彼等の活動は非合法である上に、<Taureauトロウ d'orドール>の経済活動に対してはお世辞にも貢献しているとは言いがたい代物だ。万が一、活動が政府に知れるようなことがあれば、そして現行で発見されるようなことになれば。


 まず間違いなく、身柄の拘束を受けることになるだろう。


 どんなに好意的に解釈しても、それが大きな厄介ごとになるだろうことは確実だ。


 フィオラの占術と謎の光の情報から、ヴェイリーズは出発前の時間を利用して、偵察をすることにしたのだ。


 これまでの数週間を、<Tiphrethティフェレト>での情報収集に費やしていたため、エンジンに火を入れるのは随分とご無沙汰だった。


 古い潤滑油を交換し、クリーニングをするだけでも結構骨の折れる作業となってしまったのだ。


 腕時計を見ると、もうとっくに正午を回っていた。作業に集中していたせいか、特に空腹は感じていない。手を拭いたタオルを機体に戻し、一度エンジンに点火してみようと、ハッチによじ登ろうとしたときであった。




「あの」


 背後から声が聞こえてきた。


 聞き覚えのある声だったが、躊躇っているようだった。そのままの姿勢で振り向くと、そこにいたのはメイフィルだった。


「やあ」


 いつにもなく消極的になっているメイフィルに、ヴェイリーズは出来るだけにこやかな笑顔を浮かべて見せた。


「どうした、何か問題でもあったかい」


「そういうわけじゃ、ないんだけど」


 メイフィルは伏目がちにヴェイリーズへと近づいてくる。


「今、私……邪魔じゃなかった?」


「大丈夫だよ」


 ヴェイリーズは躰の向きを変え、機体から降りる。


「あのね、運んできた人たちから、あなたやフィオラさんがそろそろ出発しちゃう、って聞いて、来てみたの」


「まだすぐにはは出ないよ、予定じゃ夕方に、ここを発つ」


 その答えに、メイフィルは複雑な微笑みを浮かべて見せた。


 そして、口を噤む。


 目の前にいるヴェイリーズも、メイフィルの胸中を探りかね、困ったような表情で視線を所在無さげにあちこちへと向けながら次の言葉を待っていた。


 ややあって、メイフィルは躊躇いがちに、しかしはっきりと頭を下げた。


「ありがとう、ございました」


 その一言があまりにも意外で、ヴェイリーズは一瞬、呆気にとられた顔をする。


 返答がないことに気づき、メイフィルは苦笑した。


「……ごめんなさい、なんかやっぱり、改めて言うのっておかしいよね」


「あ、いや、そういうんじゃないんだ、ただ……」


 頭を掻きながら、ヴェイリーズは弁解する。


「ただ、なに?」


「正直言って、助けられたりお礼を言わなくちゃいけないのは、こっちだよ」


 <Tiphreth>の転送港で、結界を突破する荒業をやってのけたのは、他ならぬメイフィルなのだから。あのとき、もしメイフィルが操縦室にいなかったら、自分たちはあの港で捕まっていたことだろう。


「あんたの技術に、うちの技師たちが惚れこんでるみたいでさ……あのお嬢ちゃんをさっさと口説いて船に乗っけちまえ、って連中がうるさいんだ」


 ヴェイリーズの言葉に、メイフィルはくすぐったそうな笑いを零した。


「それに、あんたの知識がすごいのは僕も認めるよ……あれは独学だけじゃ無理だろう?」


 ヴェイリーズの問いかけに、メイフィルの笑顔にふと曇りが宿る。


 瞳が輝きを失っただけで、人の表情というものはこれほどまでに変わるものなのか。それまでは照れ隠しの笑いだったものが、メイフィルが瞳を陰らせた途端に、遠い追憶を懐かしむ寂しげな微笑へと変わるのだから。


「父に、習ったんです」


「お父さまも、技師なのかい?」


「……えぇ、ちゃんとした資格は持っていなかったけれど……いろいろと教えてくれました」


 メイフィルの答えが過去形だったことで、ヴェイリーズはその表情の理由を理解した。


「ごめんな、思い出させて」


「謝らないでください」


 メイフィルは、何かを振り払うように、肩にかけていた鞄から小さな包みを取り出した。ピンク色の薄い紙で包まれ、フリルのついたリボンで結ばれたそれは、見るからに可愛らしいデザインであったが、メイフィルの雰囲気には少し不釣合いなものがあった。


「これ、ヴェイリーズさんの分です……酒場のキッチンを借りて作ってみたの」


 受け取り、リボンを解いてみると、中から香ばしい香りがふわりと鼻腔をくすぐった。小麦粉、バター、砂糖、香料など、どれもが嗜好品であり、この辺境の地では入手が困難であるはずなのだが。


「あ、その、深い意味はないんです、だけど……」


「嬉しいよ」


 比較的汚れの少ない小指と薬指で一枚を摘み、口に運ぶ。


 菓子の類など、このところ口にすることすら忘れていたヴェイリーズに、シンプルではあるが丁寧に作られた焼き菓子は、新鮮な美味しさを感じさせてくれた。


「……これは、僕が一人で食べちゃってもいいのかな?」


「うん、他の人の分は、ちゃんとあるから」


 微笑んでみせるメイフィルの前で、たちまちのうちにヴェイリーズは数枚を食べてしまう。腹は空いていないと思っていたのだが、一度何かを口にしてしまったことで、食欲が刺激されてしまったようだ。


「これは変な意味じゃないんだけど……僕たちと一緒に来る気はないかい?」


 問われ、メイフィルはまたも困ったように顔を伏せる。


「もしなんだったら、あのSchwertシュベールトMeisterマイスターの男も一緒でもいい、どうだろう?」


「……ごめんなさい」


 消え入りそうな声で、メイフィルは誘いを拒絶した。


「私、ラーシェンに無理を言って、一緒に旅をさせてもらってるんです……だから、これ以上我侭を言ったら、私が怒られちゃう」


「……分かった、無理を言って悪かったね」


 それ以上の誘いはしない、ということを示すように、手を開いて掌をメイフィルに向ける。


「最後に一つだけ、いいかな……メイフィルはどうして旅をしてるんだ?」


「さっきの……私にいろいろなことを教えてくれた家族を、探してるんです」


 鞄を躰の前で両手で握り、メイフィルはぽつりと言葉を零した。


「私を助けてくれた村の人は、家族は妖魔に殺されたって言ってるけど……私にはその記憶がないんです、だから、もしかしたら何処かで生きてるのかも、って……」


「なるほど」


 腕を組んだままのヴェイリーズは、小さく頷いた。


「じゃあ、僕らはここで別々の道を行くことになるわけだ」


「そうね」


「僕からもお礼を言わせてくれよ。結界を突破させてくれたことと……美味しいクッキーをくれて、どうもありがとう」


「どういたしまして」


 ぺこりとお辞儀をしたメイフィルは、笑顔のまま顔を上げる。




「じゃあ、そろそろ……私、行くわね」


「うん」


 もう一度お辞儀をし、背を向けるメイフィルをしばらく見つめていたヴェイリーズは、機体に向き直ると、包みをポケットに入れ、ぐいと躰を引き上げた。

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