間章ⅩⅤ<仮面の謁見>
ゆったりと紫の瘴気がたゆたう空間であった。
周囲には、高い天井から吊るされた闇色の絹布が美しく艶かしい輝きをもって幾重にも重なっている。皮膚に当たることでかろうじて感じられるほどの風も、布は忠実に受け止め、漣を表情として象っていく。そのたびごとに絹布は揺れ、そして時折波間から部屋の奥を覗かせる。
ほとんどの場合、それらは深淵なる闇か、もしくは大人五人が束になってやっと一抱えもあろうかという柱が見えるだけであったが。
どれだけの広さのある部屋なのかも分からず、振り向いたとしても通ってきた扉さえ絹布に遮られて見ることはできぬ。ただ、闇の中から無数の視線だけを感じるという、異様な空間であった。
そして、床に敷かれている黒い絨毯の上に、三つの人影があった。
周囲の空間と同化しようとしているかの如く、黒い長衣で頭までを覆い尽くしている者たち。
だが、その表情と性別は三者三様であった。
無骨な傷面の男は、バルドヴィーノ。
幽鬼と見紛う男は、ヒュー。
気品を抱く女は、モルガン。
それら三人は、ただひたすらに壇上を見上げ、そして直立の姿勢を崩さなかった。
「ひとまず、貴殿らに礼を言わねばなるまいな」
声が頭上から響く。
三人の足下から伸びる絨毯は、段差を上り、そして黒々とした大きな香炉を隔てた奥へと続いていた。
恐らくはやんごとなき身分と地位の人間のための座なのだろう。
直接、こちらから姿を伺うことはできぬようになっているのであろう。
声は重く、そして奇妙な響きを孕みつつ、聞こえてくる。
「これまでの我等の実績を遥かに上回る成果を上げた貴殿らには、これ以上の褒美はあるまい」
「光栄の極みにございます」
女が一礼し、二人がそれに倣う。
「しかし、貴殿らの助力には感謝してはいるが……ではなぜ、我等に助力をしようと言うのだ?」
「我等、忠誠を誓いました主への絶対の服従を抱く尖兵……申し訳ありませんが、我等が主の胸中は、とても理解できるところではございませぬ」
「なるほど」
やはり声は割れている。
ぴくり、と無骨な男の表情が動いた。
本人すら意識せぬほどの微細なものであったが、すぐ横に立つ幽鬼のような男が気配によって制する。
「王家の守護者……S.A.I.N.T.と申したな」
「然様にございます」
どうやら、言葉を交わす役割は主に女が担っているようであった。
「いずれも、我等と同等の戦闘技能を身に付けたる異能の輩……一筋縄ではかないませぬ」
「お前たちの腕をもってしてもか」
「不遜なりとも申し上げます、我等が望むものは、斯様なる者らと戦い果てることにはございませぬ故」
言葉の裏に隠された、真意。
それを正確に読み取ったのであれば、これ以上の追及はないであろう。
「さらなる尽力、期待しておるぞ」
形式ばった会見は、その一言で幕を閉じた。
これまた形ばかりの礼を述べ、退室する三人。
扉が閉まった瞬間に、無骨な男が漏らした嘆息は、まさに三人の感情を代弁したものであった。
息が詰まるほどに緊張していた、というのではない。
このような茶番に付き合っていることへの呆れ、であった。
「さらなる尽力、か……面白いことを言う」
知らぬ者が聞けば、咳の発作とも間違うような音を立て、幽鬼のような男が笑った。
「潮時、ということか?」
男の問いに、女は答える。
「そうね……これ以上、泳がせておく必要も無いわね」
不穏な囁きを交わし、口元を歪める三人は、それぞれの闇へと姿を消した。