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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第二部  Les taureaux d'or et les dragons d'argent se battent tout le temps.
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第十四章第一節<Silently soldiers>

 セシリアは、艦船<ニュクス>の執務室で、一日についた溜息の記録を更新中であった。


 サメク回廊を抜け、活動可能領域<Iesodイェソド>への転送を完了したセシリアであったが、かといってそれは目的地への到着したに過ぎなかった。


 手元に置かれているのは、一枚の写真であった。望遠レンズでの撮影なのか、いささか不鮮明であり、また無彩色であったが。


 光景は、どこかの演劇場の入り口であった。一台の車が止められ、そして黒服に導かれるようにして下りる一人の男がいた。財務政務省幹部というのは、どうやらこの男であるらしかった。


 ダニエル・アドニスというのが、この男の名前であった。こうしてみると、見るほどに特徴というものはない男であった。薄い頭髪、中年太りした体をスーツに押し込めている体型。唯一の手がかりは名前であったが、それとて逃亡しているという認識があるのだから、偽名を使っているだろう。


 こんな、頼りない写真一枚と名前だけがデータであるなんて。それを元にして、この広大な<Iesod>を探すなんて。


 胸のうちにわだかまる、不快な靄は、幾度溜息をついても完全に吐き出すことは出来ない。まるでべっとりと菌糸を張っている病巣のように、心に寄生されてでもいるかのような、重圧と不快感。


 かすかにこめかみに圧迫されるような鈍痛を感じ、セシリアが席を立ったときであった。手元のパネルの一部が点滅し、艦内通信を受信する。


「……なんでしょう」


「お忙しいところ失礼致します。ウーゲル中将より面会の申し出が……っあ、困ります中将……」


 女性の声の後半は、狼狽と足音にかき消され、そして通信が途切れた。セシリアは椅子に戻ろうともせず、受信を中断すると、ドアに視線を向ける。


 ややあって、気圧式のドアが開く。その向こうに立っているのは、案の定軍服を着崩したカルヴィスであった。


「……手続きはきちんと踏んでください」


「こんな僻地まで来て形式ばんなって。俺たちの仲じゃねえか」


 その軽口にも慣れてきたころである。気にせずに聞き流そうと考えたセシリアだったが、カルヴィスの後ろに立つ女性乗組員が怪訝な顔をして見上げている視線に気づき、慌てて修正する。


「そういう、誤解を招くような言い方はやめてください」


「悪い悪い」


 全く悪びれていない素振りで、カルヴィスは手元の椅子を引き寄せて腰を下ろす。型破りな所作に、呆気に取られている乗組員の視線にやっと気づくと、カルヴィスは首だけを捻って後ろを向いた。


「あ、悪いんだけどよ、珈琲もらえるか」


「うちの乗務員は喫茶店員ではありません!」


 今度の声には、今までのような隙が感じられなかった。セシリアの怒気にも似た真剣な感情を感じ取ったカルヴィスは、さすがに言いすぎたと反省したのか、押し黙ったまま頭を掻く。


「……あ、あの中将、珈琲……」


「いいです、私が淹れますから。迷惑をかけてごめんなさいね」


 セシリアの言葉に、乗組員はぺこりと頭を下げて退室した。


 その後も無言のまま、デスクから離れて給湯器からインスタントの珈琲を作る。背後に視線は感じるものの、カルヴィスはいつもの軽口を今ばかりは封印しているようであった。


 香ばしい香りの湯気を立たせるカップを少し乱暴に突き出しながら、そこでようやくセシリアは口を開く。


「ところで、何か御用があったのでは?」


「あ、あぁ」


 カップを受け取り、一口含んだカルヴィスは、ずっと脇に抱えていたファイルの中から、一枚の写真を取り出した。


「うちの調査隊に本国のネットワークから情報を引き出させたんでな、そいつを持ってきたわけよ」


 そんなこと、艦間通信で転送してくれば、と言いかけたところで、カルヴィスが続きを口にする。


「俺たちぁもう、辺境に来てるんだぜ? 何処に目があったっておかしくねえ……臆病だと思うくらいに警戒してんのがちょうどいいんだ」


 写真を受け取るセシリア。目を落とした瞬間に、形のいい眉が寄せられる。


 何故なら、先刻の幹部の写真よりも数段、不鮮明であったからだ。やはり無彩色の写真、場所の特定までは出来かねる。だがその写真の中央にいる男は、どう見ても若い。いや、青年というよりは少年であろう。


「これは、誰ですか?」


「今回騒いでる反政府組織に深いつながりがある男だ……名前はヴェイリーズ・クルズ」


 聞き覚えのない名だ。セシリアは目を凝らして写真を見る。写真を撮られていることにも気づいている様子はない。少なくとも、その中の少年は、ひどく幼く見えた。


「まだ、子どもじゃない」


「十年前の写真だ」


 カルヴィスはカップから立ち上る湯気を見つめたまま、静かに説明した。


「本国で、Chevalierシュバリエール能力者の養成鍛錬施設があることは知ってるな?」


「ええ」


 王家の人間以外で、Chevalierの能力を授かった少年少女に教育を施す、特殊施設である。Chevalier能力者は、その凄まじい肉体能力により、通常の教育施設において通常児童と共に学ぶことは困難であるというのが星団教育委員会の見解であった。


 それはChevalier能力者の、本来の能力の開発と訓練という意味合いと解釈できるが、その裏には通常児童やその保護者らによる、妬みと羨望からのChevalier能力者の保護という意味をも含んでいた。なにせ骨格強度は常人の五倍、筋組織密度は十倍以上である。正面から時速80kmの中型乗用車と衝突したとしても、十歳程度の男子であれば片手で受け止めることができる。恐らく同年代の少年少女と運動したとすれば、他の児童の安全を脅かすほどの脅威となることは想像に難くない。安全管理的思考がまだ幼い年齢であればなおさらだ。


 本国に全部で四十あるその施設のうちの一つに、この写真の少年は籍を置いていた。


「……ってことは、この子はChevalierなのね」


「そうだ」


 しばらく写真を眺めていたセシリアは、ふと顔を上げる。


「そんな子が、どうして反政府組織なんかに?」


「彼の父親は軍人だった。母親の血筋は代々の豪商で、まあ言ってみりゃあいいとこの坊ちゃんだったわけだ」


「……死んだの?」


 カルヴィスの説明が過去形だったことから、セシリアは顔をしかめながら問う。


「ご明察……それも、<射手座宙域の聖歌隊クワイア・オブ・サジタリウス>の事件でな」


 セシリアは咄嗟に口元を手で覆ったが、それでも引き攣れた悲鳴が短く上がった。


「あとは想像の通りだ……それまでの恵まれた生活が一転、しかも<Taureauトロウ d'orドール>は何をしてくれるってわけでもねぇ。いくら乳臭いガキだって、不条理は感じるだろうよ」


 カルヴィスが言葉を切ったのちも、セシリアは写真の少年を見つめ続けていた。


「……これが、あなたの掴んだ情報ってわけね」


「下らん感傷はしまっとけよ」


 くいっとカップを煽り、中の珈琲を飲み干したカルヴィスは、椅子から腰を上げた。


「俺たちは、まず、与えられた任務をこなさなくちゃいけない……そのためには、こいつらを探し出さなくちゃいけないんだ」


 カルヴィスは、無言で見つめてくるセシリアの視線を感じつつ、呟いた。今、自分を、どんな顔をして見つめているか。そんなことは、顔を見ずとも分かっている。


「カルヴィス」


「俺たちは、兵隊なんだ」


 兵隊は、上の命令に忠実でなければならない。軍隊の大前提は、まるで絶望という名の壁の如くに、無常にも二人の眼前に立ちはだかる。


 言葉を失い、立ち竦むセシリアに、カルヴィスは足を止めた。


「まぁ……それでも俺たちは、兵隊である前に、人間だしな」


「……え?」


 呟きの意味が理解できていないセシリアに、カルヴィスは来たときと同じ笑顔を向けた。


「人間なら、何かの理由で……おっかけてる相手を取り逃がしちまうことなんざ、あるわけだからよ?」

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