第十二章第三節<Confused fight>
「ヴィーゼル隊との予測合流時間、680秒後です!」
ずぅん、と腹に響く震動を感じつつも、操縦士からの報告に頷いたカイツェル。追従してきた艦船を集計すると、戦力としては問題がない。だがヴィーゼル側に呪的戦略艦が数多く集結してしまっているせいで、こちらには直接戦闘系の戦艦が集中している。
<ヴェルダンディ>があちら側についたのは痛いな、とカイツェルは独りごちた。呪的戦略艦の中でも抜群の性能を誇るあれがあるのとないのとでは、戦略にも変化が生じてくるほどだ。
「ヴィーゼル隊、旋回開始します」
「全砲門内側を向け! 軌道上を移動しつつ<Dragon d'argent>へ砲撃しろ!」
奇しくも二人の考えていることは同じであった。これにより、<Dragon d'argent>とすれば、当初の場所にいる限り、自分が攻撃を受けるか、それとも仲間の艦を楯にして生き延びるかの選択を迫られることになる。
結果、逃げ場を失った者たちは、唯一の安全圏に向けて殺到することになる。
すなわち、後方。艦が巨大であればあるほど、質量があればあるほど、そして密集していればいるほど、方向転換には空間と移動距離を必要とする。
それを、両艦隊で包囲した状況で行えばどうなるか。艦に搭載された均衡制御装置は一瞬にしてパニックを起こし、メモリを食い尽くして機能停止する。
立ち往生した艦はあちこちで衝突を起こしつつ、我先へと空間に殺到する。
だが向かう先からは、容赦のない光学兵器が降り注いできているのだ。
結果として、自ら死神の鎌の前に首を差し出すが如く、次々に死出の旅路へと迎え入れられていく。
転移終了から集中的に狙われているカイツェル隊は、同じく斜め後方から食いついてくる後続隊の被害状況を調査する。致命的な被害を受けている艦は、今のところ存在しない。
だが、追撃してくる戦艦の攻撃に対し、防禦に徹したところで埒が開かない。通信回線を開いたカイツェルは、麾下の戦艦に向けて呼びかける。
「<ゼフュロス>に命じる、戦線離脱を許可する! 急速反転、後続追撃部隊に反撃してこい!」
「了解!!」
血気盛んな若者の声で答える<ゼフュロス>艦長。
すぐさま迂回路を外れ、また攻撃の妨げにならないように外側を経由して後方へと回りこむ。転移突入時に展開していたエネルギーフィールドを後方に張り巡らせ、追撃部隊の攻撃を弾いている様子であるが、あれではものの数分もしないうちに破られるであろうことは分かりきっている。
「攻撃開始!! 何としても撃墜されるなッ!!」
予想外の方角からの攻撃に一瞬怯みを見せる<Dragon d'argent>であるが、すぐに隊列を整えて反撃態勢に入る。
正面から打ち合ってもさしたる成果は挙げられない。そう感じた<ゼフュロス>は、戦艦はさらに追撃部隊の後方へと回りこむ軌道を設定。
今のところ、本隊を離れている艦隊に対して、挟撃態勢に入ることにしたのである。しかし、このままでは挟撃、という状況は完成していない。何故なら、双頭の龍という陣形は未だ崩れてはおらず、かろうじて長く首を伸ばした龍のように連結しているからだ。
「……龍の首、掻き切ってやるッ」
凄みを含んだ笑いを浮かべた<ゼフュロス>艦長は、呪的戦略艦に戦闘支援を指揮。素早く迂回する戦艦たちに遅れを取った呪的戦略艦が数隻、無防備のままに孤立する。
一般的に呪的戦略艦は直接戦闘装備が薄いことが特徴である。まるで逃げ遅れた獲物に群がるかのごとく、追撃隊の一部が分離して殺到する。それでも何とか懸命に合流しようと急ぐ呪的戦略艦の移動経路を塞ぐように包囲する<Dragon d'argent>の戦艦。
だがそれは、戦略であった。包囲された呪的戦略艦の位置は、見事に本隊から伸びる艦隊軌道と向き合う形に設置されていた。
「霊視式端末起動せよ」
呪的戦略艦<ミーミル>の特殊端末に灯が灯る。
>Ranzdarn-1202 The grimoire of Armadel
>assignment of sigil...
>ZAINAEL of the angel
<ミーミル>から二色の光が投射される。それは何もない宇宙空間において、あたかもスクリーンに映し出されるが如き、明瞭な図形を描き出す。アルファベットにも似た、曲線の多く含まれる特殊な魔術文字。今しも砲撃が呪的戦略艦に突き刺さると思えたそのとき。
>boot up the spell......"The Rod of Moses"
出埃及を果たした預言者モーセに叡智を与えた天使の神力が、魔術文字によって解放。かつてパロの軍勢を一瞬にして殲滅させた破滅の力が、文字から放出される光となって艦隊へと襲い掛かる。
包囲していた戦艦はその光を至近距離で浴びることになった。否、魔術文字の宿す光の射程範囲から逸れていた包囲艦船も、その衝撃の余波を食らって一時的に沈黙。対抗呪式を設定していなかった空間において天使の力は完全に発揮される状況となり、警告通り龍の首は「切断」されることとなった。
たった一撃で形勢が逆転した残党に、<ゼフュロス>を初めとする戦艦部隊が総攻撃を開始。追撃隊を壊滅させたカイツェル隊は、既に合流予測地点を目前にしていた。
「ヴィーゼル隊、予測合流時刻にやや遅れて接近中!」
作戦は成功だ。<Dragon d'argent>側にしてみれば、追撃隊を壊滅させられ、そしてさらに後方を固められる格好となっているはずだ。
追いすがることもできず、喰らいつく牙もへし折られ。そして二度目の背面攻撃において、その戦闘力と士気のほとんどを失う羽目になるはずだ。
だが、勝利はそう容易に手に出来るものではなかった。
「中将、合流地点に残存兵力確……い、いぇ、主力部隊です!!」
「莫迦な!?」
狼狽するカイツェル。レーダー上では確かに合流地点に敵艦隊を示す記号が点滅している。その数、およそ40。
「ヴィーゼルに緊急通信、軌道を変更しろ、狙い撃ちされるぞ!?」
「ですが艦長……」
混乱する操縦士の一人が、悲痛な叫びを上げる。
「敵呪的戦略艦が空間秩序に干渉、魔術兵器行使予兆確認です!」
自分たちの搭載流派とは別種の魔力が喚起されていく。
「俄那鉢底神、勧請……真言展開」
「真言展開、高密度読経、開始します」
<Dragon d'argent>の艦船の操縦士が命令に従い、コンソールを操作する。
「共鳴波長確認、発現来ます!」
「弱くてもいい、結界を張れッ!!」
まさか、こちらの動きを予測して、あの攻撃に耐え抜いた艦がいたというのか。味方を楯にしてまで、あの阿鼻叫喚の世界の中で、一矢報いるために息を潜めて。
>Om-hrih-gah-hum-svaha.
奇妙な韻律の響きが、本来ならば震動するもののない真空を支配する。
否、これは世界自体が震動しているのか。真言、つまりは諸尊を象徴する、特殊言語にはそれだけの力があるからだ。
一瞬ののち、二つの艦隊の合流地点において、効験の強大さにおいては類を見ないと言われた聖天の諸力が解放された。