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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第二部  Les taureaux d'or et les dragons d'argent se battent tout le temps.
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間章ⅩⅠ<白の護衛>

 吸い込む空気にまで、色鮮やかな深緑に染め抜かれているのではないかと思われるほどに、美しい庭。


 否、それは普通の感覚では庭と呼ぶことはできないだろう。何故なら、庭園の中心付近にいながらにして、その外端を伺うことはできないほどに、広いものなのであった。


 そして広さもさることながら、潤沢な緑もまた常識を遥かに越えていた。見上げても、空を垣間見ることすら出来ない。幾重にも重なる幹と葉、さながらそれらの舞踏会の場に紛れ込んだかの錯覚を催させるほどに、その場は植物に満ち溢れていた。


 そして、夢の庭園の中心に座る、一人の女性がいた。


 凡そ年端の行かぬ少女が夢見る貴族の娘とはこのようなものではないだろうか。すらりと細い肢体を絹のような光沢を持つ衣装で包んでいた。


 ドレスは白。このような場所で、しかも椅子などではなく苔生した大樹の麓などに腰を下ろせば、汚れてしまうだろうと思われるそれには、一点の曇りすらない。裾から覗く足首は、無骨な力で握れば折れてしまいそうに細く、また白い。女性はくるぶしを投げ出すように横に座り、そして少し離れた水溜りで水浴びをしている瑠璃色の小鳥を優しげな微笑で眺めていた。


 刺繍も装飾もないドレスであったが、胸元には首から白銀の装身具がかけられていた。まるで蜘蛛の糸を錬金術師が編み上げたような細い鎖の先にあるのは、縦に長い楕円のペンダント。中央には完璧な透明度を持つ水晶に似た石をカットしたものがあり、それを金で作られた細工入りの外枠が取り囲んでいる。


 金枠にも小粒ではあるが、それ一つで辺境に暮らす家族が半年食い繋ぐには充分すぎる稀少石が散りばめられており、見た目以上の価値である事が伺える。


 ともすれば皮膚の下を通る血管がすっかり透けて見えるのではないかというほどに白い肌の頬に木漏れ日を浴びているその女性が、ふと顔を上げた。


 周囲では小動物が戯れ遊び、そして小鳥たちが囀りあう音が聞こえているだけであったが。一瞬の間を置いて、水溜りにいた小鳥が羽音を立てて天空に飛び立ってしまった。その姿を名残惜しそうに見つめている女性に。


「こちらにいらっしゃったのですか、姫」


 声もまた、女性であった。しかし、その声には意志の強さと己に対する絶対の自信が響きとなって込められていた。


 座ったまま、躰の向きを変える女性の視界に、訪問者がゆっくりと姿を現した。


 こちらもまた、純白の長衣を揺らしながら、森の中を歩んできたようであった。相違点とすれば、目深にかぶったフードのため、顔の上半分が見えぬということであろうか。ほっそりとした顎、そして薄く紅を差した唇。頬の辺りから零れる、漆黒の絹糸のような髪。


「随分とお探し申し上げましたよ、姫」


 だが、長衣の女性に対する姫と呼ばれた女性の眼差しは、虚ろに曇る。


「……以前にも、申し上げたはずです」


 顔を俯かせたまま、女性は低い声で呟く。


「貴女が私を護っていてくださることには感謝しております、しかし……ここでは、貴女の気配は強すぎる……」


 女性は悲しげな表情で、天を仰ぐ。


「ごらんなさい、さっきまではあんなに楽しげに戯れていた動物たちが、貴女を感じて皆、姿を隠してしまった……」


「申し訳ございません、ですが……取り急ぎ、姫にお伝えしたきことがございまして」


 仕方ない、と嘆息した女性は苔の絨毯に手をつき、優雅な所作で立ち上がる。


「聞きましょう」


「許婚のジェルバール殿下が、S.A.I.N.T.に準勅令を下したそうです……さらに、準勅令から服従強制を削除するという異例の文書を」


 準勅令とは、最高位権力者に次ぐ地位のある者が出す命令の総称であった。


 下の者にはほぼ勅令と同義として扱われるが、勅令が国王が枢密院会議を通さずに出すものであるのに対し、準勅令とは同じレベルの位階の者たち二人からの連名による文書として提出されるものだ。しかも、それはほぼ絶対服従が暗黙の了解として認識されている文書であるにもかかわらず、ジェルバールは服従強制を解除したという。


 婚礼の数日前に準勅令を出すこと、そして服従強制を解除すること。何処までも異例づくしの、その準勅令の内容は。


「どのような命令なのですか」


「それが……」


 白長衣の女性が、はじめて言いよどむ。


「服従強制でない代わりに、絶対の機密保持が項目としてありますが故、如何に姫でありましても……」


「……わかりました」


 ぱんぱん、とドレスを軽くはたくと、女性は小さく頷き、白長衣の女性に向かって歩き出す。


「リルヴェラルザ……貴女はどうなの?」


 元々答えを期待する問いではなかった。横をすり抜け、庭園を後にしようとする女性に、白長衣の女性は静かに答えた。


「……私は、イルリック姫の警護を司る任がございます故……」

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