第十一章第二節< Negotiation of Cease-fire>
尖塔ラオデキアの会議より17時間後。
<Taureau d'or>管轄の大容量転送港に、第六騎士団<翡翠>の戦艦が次々に集結しつつあった。
今回の作戦指揮を執るのはローウルド・カイツェル中将。彼の元、さらに副官としてゲマリル・ヴィーゼル中将も同行し、今回の作戦行動は大掛かりなものになりつつあった。
だが、今回の第一目的は戦闘行為ではない。カイツェル中将が交渉に入っている間、ヴィーゼル中将は当該宙域周辺の監視及び<Dragon d'argent>の動きに警戒する役割を担っていた。
転送港へと集結した艦隊数は140。うち大型の戦艦が50余、呪的戦略艦が30強を含む大軍であった。およそ局地戦にこれだけの戦力を投入したのであっては、相手もまた態度を硬化させるに違いない。故に、これらの艦隊はぎりぎりまでテス回廊への転移を控える方針であった。
代わりに哨戒機を数艇転送し、それをもって交渉への第一歩としようとしているのであった。
「カイツェル大将、もう間もなく哨戒機がテス回廊を抜けます」
三連主砲からその名が冠せられた旗艦<トリグラフ>のブリッジでその報告を聞いたカイツェルは、腕を組んだままモニターの中の港の光景を見つめていた。
「哨戒機の映像、出せるか」
「はい……映像、モニター出ます」
操縦士の返答を待たずして、モニターの一部が別映像に切り替わる。既に幾度となく経験した、見慣れているはずの回廊の映像。回廊ごとに特定の変化があるわけでもなく、これがどの回廊かと聞かれても即答することなどできはしない。
カイツェルの興味は、その向こうにあった。
果たして、<Dragon d'argent>がどのような布陣を組んでくるのか。
文面だけからでは推し量れない、あちらの真意の一端でも、そこから汲み取ることはできまいかと考えたのである。自動航行システムで操縦されている哨戒機の前方に、幾度か光が明滅する。
回廊の終着を意味する光である。
「象徴展開クリア、テス回廊……抜けます!」
光が画面いっぱいに広がり、そしてだしぬけに消失する。
戻ってきたのは、再び虚空の闇。だがその彼方に、明らかに星々の輝きとは異なる、密集した光の群集が見て取れた。
ブリッジに無音の緊張が走る。あれの一つ一つが<Dragon d'argent>の艦船だと思うと、自然と躰が強張ってくる。
「回線開け」
「回線直結します……どうぞ」
カイツェルは身を起こしてアームレストにある内蔵式のマイクに顔を近づけると、第一声を放つ。
「私は<Taureau d'or>第六騎士団中将、ローウルド・カイツェル中将だ。貴軍の指揮官はどなたか」
ややあって、ノイズの混じった音声が返って来る。ところどころに人の声と思しき響きは聞き取れるのだが、総じて文章や単語としてのヒアリングが出来ないところまで劣化してしまっている。
「繰り返す。私は<Taureau d'or>第六騎士団中将、ローウルド・カイツェル中将だ。先刻の通信がノイズが酷くて聞き取れない」
活動可能領域の中で、確認されていない危険空域というわけでもないのに、この状態はどうしたことだ。恐らくは当初より戦闘行為を目的としており、この宙域に通信妨害呪詛をかけたのかとも思われるが、そうであったならば相手は既に何等かの攻撃行動を取っているに違いない。
だが結果は同じであった。二度同じ通信をしても、相手から返って来る音声は聞き取れない。
仕方なく、カイツェルは哨戒機の前進を命じた。距離がどれほどあるのかは分からないが、距離を縮ませれば通信状態も改善されるであろう。
そのような判断であったのだが。
「中将、前方空間に反応発生です、艇の停止を!」
カイツェルの眉間に皺が寄る。
反応とは、どのような反応だ。だが部下の報告の不明瞭さを責めているのではない。この宙域の、しかも両軍の間の空間に、一体何が起きているというのだ。
「哨戒機停止、前方空間の解析は出来るか」
「解析します、お待ちを……」
遠隔操作のため、どうしても作業には時間差が生じる。
部下が手元の端末から哨戒機の操作のためにキーボードに手を伸ばしたときであった。時を同じくして、画面に赤いメッセージが表示される。それを頭の中で理解するよりも早く、部下は自分に課せられた報告義務を果たした。
「反応地点より空間震発生、転移点より波動増幅します!」
「船舶転移だと!?」
信じられない。伏兵か。
とすれば、相手は端からこちらと話し合うつもりなどなかったのだ。48時間の猶予につられ、こちらが非武装もしくは軽装で実体化したところを狙って、攻撃を仕掛けてくるというわけか。
「撤退しろ、全速後退!!」
「全速こう……いぇ、間に合いません、実体化来ます!!」
報告の声と共に、端末の画面に中継されていた哨戒機からの映像が揺れ、砂嵐となる。
空間震の余波を食らって、カメラが断線したというのだろうか。こうなっては向こうで何が起きているのかうかがうことは出来ない。
ただ宙域図において、通常では考えられないほどの近接地点に実体化した質量から、何としても遠ざからなくてはならないのだ。
警報が鳴り響く中、砂嵐となった映像が一瞬だけ回復する。
その瞬間に画面に映し出されたのは、目を射るほどの閃光。同時に宙域図から哨戒機の発信信号が断絶し、マーカーが音もなく消え去った。