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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第一部  Un homme en vêtements noirs a rencontré une fille.
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第九章第三節<Hiding infomations>

 祓を済ませたラーシェンは、一度宿に戻るとメイフィルを連れ、別な店へと向かった。


 元々狭い集落である。


 店とは言っても、一般の居住区とほとんど変わりのない家屋の戸を開けると、中には住空間と一体になった陳列棚と、奥に座っている初老の男性が目に入る。棚には乾燥した薬草の類が束ねられて瓶に入っているものが並んでおり、それらに混じる形で数種類の水薬の容器も見て取れる。店内の空気にも、なにやら数種類の香りの混じった、普段では嗅ぎ慣れぬ香りが染みこんでいる。


 どうやらここは薬師の店であるらしかった。


 これだけに技術が発達した時代においてもなお、薬は依然として絶大な効果を持つものとして珍重されていた。化学合成式によって生み出された技術薬物はその有効性と汎用性を認められながらも、突出した治療技術を持たないことが研究の結果として明らかにされたのであった。技術薬物の不足を補う形で研究が進められたのは心霊手術と心理薬物、そして霊薬であった。


 既に遥か過去において、プラシーボ効果として認められていた、精神が肉体に及ぼす薬理学的効果を極限にまで推し進め、同一の植物的物質を投与し、患者に一定の儀式魔術を施すことで様々な病魔に効果を持たせる霊薬。その媒体として注目されたのが、こうした民間療法に使用されていた薬草の類であった。


 しかし、薬草それ自体の効用は決して高いものとは言えず、薬草だけの治療効果として見た場合、それは技術薬物に遅れをとってしまう。その際に儀式魔術を行使し、患者をある程度の催眠状態に置くことで効用を飛躍的に増大させる、治療に特化した治療術師と呼ばれる者がいてこそ、これらは効果を存分に発揮するものなのであった。


「すまんが、端末を使わせてもらえないか」


 半ば眠りかけていた店の主人は、ラーシェンの声でやっと瞼を押し上げた。腕を組んだまま、先ほどの妖魔騒ぎにも動じずに眠っていたのだろうか。もしそうだとしたら、大した男であるのだろうし、また騒動が聞こえていてもなお無視していたのであれば同じことだ。


 一見しただけでは、顔の下半分を髭で覆っている気難しげな初老の男ではあったが。


 男は髭を動かし、何かを呟いたが、その言葉は二人の耳までは届かなかった。どうやらこの男が起きるのを待っていては、時間がいくらあっても足りないだろうと判断したメイフィルは、手近にあった水薬と代金を一緒にカウンターに置くと、そのまま男の座っている椅子の横から店の奥へと進んでいってしまった。それについても、男は反応することなく、髭を動かしてさらに何かを呟きながら、カウンターの薬と代金に手を触れることなく、再びまどろみの中へと沈んでいってしまった。


 奥へと入ったメイフィルは、乱雑に積み重なったガラクタの山の脇に、ひっそりと置かれている端末を発見する。


 電源を入れると、旧式のOSが起動し、画面に緑色の光が灯る。端末の前に座るメイフィルの後ろに立ったまま、ラーシェンもまた肩越しにディスプレイを覗き込む。


「とりあえず、<Taureauトロウ d'orドール>第七艦隊が全滅した記録を探してくれ」


「了解」


 メイフィルの細い指がキーボードを打つ音が響き、画面に表示される情報項目が次々に変化していく。


 通常のネットワークのニュースサイトから検索するも、該当項目は無し。かろうじて、クォフ回廊において原因不明の超高エネルギー反応が観測、確認されていることを示すニュースが民間メディアで扱われてはいるものの、注目度としては高いとは言えない。


「その情報は、本当なの?」


 背もたれに躰を預けながら、振り返るメイフィル。薄暗い眼鏡に画面の強い光が反射して、彼女の瞳を見る事は出来ないが、その奥では好奇とも懐疑ともつかぬ表情をしているのだろう。


「お前に呪符を渡した人間から聞いた」


「ん……」


 額をとんとんと掌で叩き、メイフィルは画面に向き直る。


「<Taureau d'or>のほうで、情報規制してるのかしら……」


「何とかならないか」


 それでもしばらく渋い顔をしていたメイフィルは、何かを思いついたのか、やおらキーボードに向き直る。


 次に画面に表示されたのは、<Taureau d'or>の紋章であった。黄金の甲冑を纏い、二本の角を掲げた雄牛が、まるで神殿の守護者のようにこちらを凝視している。


 続いてシステムが認識ナンバーとパスコードの入力を求めてくる。一般的に、ゲストナンバーとされている、一般開示を求める制限コードを入力すると、画面が切り替わった。


「入れたのか」


「ゲストユーザーとしてだけどね。とりあえず、ここでの情報がないとなると、何かやましいことがあるってことになるわね」


 クォフ、というキーワードで情報検索をかけると、該当項目が一件だけ見つかった。詳細を開いてみると、それはクォフ宙域において軍事演習を実施したため、該当区域への立ち入り船舶への事後調査を実施する、というものであった。


「やっぱり、これおかしいと思わない?」


 軍事演習を制限区域外で行うというのなら、事前にその宙域への立ち入りを禁止するための行動があるのが普通である。事前の通知も何も無しに演習を行い、事後で損害調査を行うというのは、本末転倒も甚だしい。


「確かにな」


 すなわち、その真実は他にあるということだ。


「とりあえず、クォフで何か大規模な爆発があったことだけは確かね、それ以上のことは……」


 やおらメイフィルは躰を起こし、次なる検索を開始する。


 今度のキーワードは<Dragonドラゴン d'argentダルジャン>。いくつかのニュースが検索されるが、どれもこれもがお目当てのものではない。ピックアップ項目が30を越える頃、それでもなお動き続ける検索に中断をかけようとしたときだった。


 メイフィルの指が該当ニュースを選択し、画面が静止する。


 <Dragon d'argent>船舶 クォフ宙域への干渉を確認


「……これ、どういうこと?」


 一連の事件が全て生じているこのクォフ宙域に、どうして<Dragon d'argent>船舶が来ているのか。もしや、あの爆発に<Dragon d'argent>が絡んでくるのだとしたら。


「黒幕はもしかして、こっちじゃなくて、<Dragon d'argent>の……」


 ブラウザを切り替えようとしたとき、であった。


 甲高い警告音と共に、何かのプログラムを強制的にダウンロードしている表示が映し出されてくる。進捗状況は25%。しかしダウンロードの速度が尋常ではない。


「……見つかった!?」


 回線の接続をカットしようとするのだが、それを上回る速度で進捗ゲージが進んでいく。


 焦るメイフィルを嘲笑うかのように、端末の速度が遅くなる。メモリをダウンロードに当てられているのか、その他の作業速度が思うように進まない。ゲージは70%を越え、残された時間はほとんどない。


「電源を切れ!」


 ラーシェンが腕を伸ばし、主電源のスイッチを何度も押し込むが、効果が無い。悪態をついたラーシェンが裏に回り、ケーブルを掴んで引き抜こうとした直前に、画面が真っ黒になった。


 左上部に点滅するメッセージ。




 Operating system files are not found




 がたんと脱力するメイフィル。


「だめだったわ」


 ダウンロードさせられたプログラムは、こちらの端末のプログラムを全て破壊する攻撃型のものであったらしい。復元できるかどうかはわからないが、現時点でこれ以上の情報の追跡は不可能だ。


 眼鏡を外し、緊張していた神経を解すように目の周りを揉むメイフィルは、同時に破壊された端末の言い訳を思い巡らせていた。

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