導章 —— Revenons à l’autre monde.
暗く冷たい、水底の闇。
どこか遠くで、さらに黒き何かがうねる姿が見える気がする。
それがいまだ知らぬ巨魚であるか、それとも剣呑な水龍であるのか。
それを確かめる術すら知らず、さらに沈む。
凍てつくほどに冷たい水は、とうに体温という名のもを奪い去っていた。
沈む、しずむ。
ごぼり。
闇の底から、気泡が立ち上る。
それを見つめる虚ろな目は、九対。
既に彼等の骸からは、力が抜けている。
剱を握る力、杖を掲げる力、呪を練り上げる力は、とうに失われていた。
残る力は、僅かばかり。
その残滓を振り絞り、彼等は捉えた。
闇に響く、幽世の声。
「力を失ひし子らよ」
その声には、凄まじい魔力があった。
それを耳にしただけで、彼等の存在は少しの間だけ、永らえることができるほどに。
「力を求むるならば、くれてやろう」
それは異国の言葉のように歪み、そして奇妙に歪んで聞こえた。
噎せ返るほどの獣臭が辺りを包む。
「力と引き換えに、我の従えし将となれ」
ごぼり。
気泡が浮かび、消える。
その瞬間、九条の閃光が、消え行くL.E.G.I.O.N.らを貫いた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。不死鳥ふっちょです。
「小説家になろう」連載作品では初の完結を迎えることになりました。ただこの作品は「妖園世界戦記」という大きな作品群の中の「第八篇」に位置します。時折世界観とずれたキャラクターが登場するのはそのためです。
さて、この作品に登場する二つの国家名<Taureau d'or>と<Dragon d'argent>とは、フランス語で「黄金の牡牛」「白銀の龍」という意味があります。牡牛と龍、それは西洋世界と東洋世界でそれぞれ神格化されている生物です。
牡牛の由来は聖書。モーセがシナイ山にて40日間の神との会話の後に石板を授かる中、イスラエルの民はモーセが死んだものと思い新たな神として貴金属で牛の像を作ったといわれています。つまり当時のイスラエルの民にとって牛とはまさに神の像でありました。
龍の由来は東洋の神話。崑崙の玉を携えた神龍の絵にもあるように、東洋において龍は神と同義でありました。水の神ともされ、神と同じ存在として扱われています。
西洋と東洋における「神」の概念を関した名前のみならず、登場する艦船の名はそれぞれ、西洋と東洋の神話からとりました。この辺りでお気づきになられた方もいらっしゃるのではないかと思います。
科学とオカルトの融合世界を舞台とした物語、「新編 L.E.G.I.O.N.」、いかがでしたでしょうか。
また別の作品でお目にかかれる日が来ることを、お祈り申し上げます。
2018.2.11 著者 拝