間章ⅩⅩⅩⅩⅨ<休息>
気がつけば、部屋には二人の人影しかなくなっていた。
九朗とジェシカ、そして二人を照らす青白い写本の光。
イルリック、リルヴェラルザ、セシリア、ニーナ、フィオラ、クレーメンスの六人は、とうに部屋を去っていた。
「ご苦労だったな」
九朗の言葉に、写本は光を僅かに落とした。
戦乱は続く。これは決して終末ではない。
写本は最早、人の手を介在することなく、同胞を集めるだろう。
しかし現段階で、散逸している写本の全ては、力ある者の手によって封印、拘束されている。
彼等と、彼等を取り巻く世界に、災厄は堕ちるだろう。目的を果たすためなら、写本はその力を存分に振るうだろう。
四つの呪章を滅ぼすことが、果たして人に出来るのだろうか。
これまで、数多の死を食らってきた、意志ある呪章に。
「彼等は……強いのですね」
「そうだな」
ジェシカの呟きに、九朗は首肯した。
強い。
その言葉に込められた意味は、とてつもなく広く、また大きい。
今まで、どれだけの人間が強さに憧れてきただろうか。
力による強さ。
知識による強さ。
人脈による強さ。
呪力による強さ。
優しさによる強さ。
意志による強さ。
人はそれを渇望し、求め、慕い、そして殺しあい奪い合った。
その中で得られた強さに、どれほどの意味があったのだろうか。
相対的な意味しか持たぬ強さとは、その実何の役にも立たぬ。何故なら、自分よりも強い者が現れれば、それはたちまち意味を失うからだ。病に倒れ、傷に伏せ、齢に負けたとき、その強さを手離すことになるからだ。
しかし、ジェシカの感じた強さとは、それらとは根本的に違うものであった。どれだけの時が経とうと、彼等が老いる時が来ようと、強き者としての彼等の栄光は揺るがぬだろう。否、時が経れば、それだけ彼等の威光は増していくだろう。
彼等は、人でありながら、人を捨てて力を求める者を打ち倒したのだから。
それを果たした者は、本当に一握りでしかないのだから。
「しかし、これで写本の在り処は全て見破られた……」
西園寺万葉、セリア、そして九朗。
残る三つの呪章の、同胞を呼ぶ声は、より暗く、より濃く、より禍々しい戦乱を呼ぶだろう。
写本がまず狙うものは、一体誰か。
それは、いまだ分からぬ。
九朗はコートを翻すと、静止したままの柩に向き直った。
「行くぞ、ジェシカ……次なる戦乱を求めて」
「はい」
笑顔のままに頷くと、ジェシカは九朗の脇から柩の闇へと飛び込んだ。
懐で輝く写本を確かめると、九朗は蝙蝠のような裾を広げ、虚空に身を投じた。