第四十六章第一節<Lotus Throne>
幾度扉を超えてきたか分からないほどに、五人はただひたすらに城の最奥を目指していた。
数え切れないほどの広間、覚えきれないほどの回廊を抜け、そして一つの扉の前に辿り着いていた。
そこは、巨大な塔が突如城の中に出現したのではないかと思わせるほどに、奇妙な情景をした場所であった。
壁の一部は迫り出すようにして彎曲し、直線的な構造を放棄していた。材質も明らかにその部分だけは異なり、まるで別の建造物が城の壁を砕いて出現したような様を思わせる。黒一色で塗り固められていた城の中で、その壁だけが燐光を放つように蒼かった。
扉にはこれまでのような緻密な装飾は全く無く、無表情なまでの平面によって形作られているのみ。だがその表面には無数の刀傷、亀裂、そして高温と低温を交互に浴びせたが如き変色が見られた。しかし、それでもなお、扉は堅牢な風格によって、しっかりと道を阻んでいた。
その向こうに何が隠されているのか、そして一体何者がこの扉を破らんと無謀な試みを続けたのか。
五人には、それが理解できていた。
「……覚悟はいいですね?」
フィオラは振り返り、そして同意を確認すると、扉に押し当てた手に力を込めた。
ひんやりとした金属の感触を伝えてくるその扉からは、何の力も感じられない。結界の類も張られていないようだ。
では、何故ここまで執拗に、この扉を攻撃したのか。もしや、彼等はこの扉の奥にあるものを、既に持ち去ったあとなのだろうか。
ず、と微かな手ごたえを感じ、扉が内側にずれた。その僅かな間隙から、青白い光が漏れてくる。
光には、眩暈がするほどに濃い霊力が宿っている。
大丈夫だ。扉の奥にあるものは、まだ奪われてはいない。
フィオラは腕に力を込める。
適度な重量を感じさせつつ、扉はゆっくりと開く。
まるでそれは、扉の向こう側にあるものが、五人を迎え入れているかのようだった。膂力と名のつくものがほとんどないフィオラの細腕によって開かれた部屋は、光に満ちていた。
蒼い光が、潤沢に満ちていた。まるで蛾のように、五人はその光に導かれるようにして部屋の中へと足を踏み入れる。
だが同時に、霊力もまた五人を包み込んでいた。
全身に光を浴び、一瞬呼吸すら奪われるほどの圧を魂にかけられる。感覚器官の全てで霊力の光を感じ、まるで新鮮な空気を求めて喘ぐように大きく息を吸い込む。最後尾のリルヴェラルザが室内に入ると同時に、扉は独りでに音も無く閉まり始める。
しかしそのようなことに気づくこともなく、五人は室内にあるそれに、一様に目を奪われていた。
床の一部が迫り上がり、そして巨大な杯のようになった台座が中央にあった。
台座の基礎部分には、まるで噴水があったかのような石段が設けられ、ぐるりと足場となるような石の円盤があった。
杯は大人の身長をやや超えるほどの高さがあり、どうやら光の中心はそこにあるようであった。
不思議なのは、光源のほうに顔を向けても、その光は決して瞳を射ることはなかったのだ。
息が乱れるほどに強烈な力はそのままに、フィオラがふらりと一歩を踏み出す。
その瞬間、光がさらに強まったように思われた。
そして、五人は理解した。これこそが、L.E.G.I.O.N.が追い求めていた存在であることを。
光の中心にあるこれが、まさにL.E.G.I.O.N.が欲していたものであるのだ。
<哲学者の庭園>と呼ばれたこの世界において、まるで癌のように寄生し、そして戦乱と害毒を撒き散らしていた存在。彼等によって生み出された狂気と殺戮が、これを手に入れるためだけに行われた宴だとするならば、それはおよそ人の考えうる中でも最も狂った欲望であるだろう。
この光の中にあるものが何かは分からぬ。しかし、部屋を満たす霊力だけでも、それがただならぬ存在であることが知れよう。
そのときだった。
部屋の空気が、まるで静寂の中で楽器を爪弾いたように震撼する。
それは音ではなかった。光の中枢に意志が出現し、それに呼応するかのように空間自体が鳴動したのだ。
<汝、我を問うか>
耳を塞ごうにも、意識の中に介入する声。
<我は一篇の呪句。名は「隻眼の龍」>
その名を知る者は、この中にはいない。しかし、精神に干渉するだけの力を持つ存在であるということくらいは、理解できる。
「隻眼、の……龍?」
<然り>
光はさらに光度を上げた。
<我は世界の楔なり。我は七つの呪句なり。そして、神都の鍵となりし欠片を抱く者なり>
謎掛けのような言葉が続く中、光の意志に対してフィオラは口を開いた。
「あなたが、我々を導きいれてくださったのですか」
<然り>
「あなたは隻眼の龍と名乗りました」
フィオラは胸に手を当て、そして詠唱を読み上げるように胸を張る。
「礼を失せぬよう、私もまた名乗りましょう。我が名はフィオラ・マグリエル。身に呪句を刻み、心にて呪を紡ぐ者なり」
そして、フィオラは膝をつく。台座の上で輝く光は、ゆったりとした間隔で明滅を始めた。
「我等が無知をご理解ください。我等が如何に卑小な者であるか、憐れみください。そして、お授けください……隻眼の龍とは、如何なる名でしょうか。そしてあなたの存在は、如何なるものなのでしょうか」
しばらく光からの返答はなかった。
恐らく熟考していたのであろう、ややあって光はやや暗くなり、そして言葉があった。
<では、汝に授けよう>
光がぐっと大きくなったかのような錯覚を覚える。
<我が何者か、そして我が同胞が如何なるものか……それを汝に伝えよう>
視界を光が埋め尽くしたとき。
五人は、光の中に何かを見た。