間章ⅩⅩⅩⅩⅢ<戦宴>
それまで俯いていたオルガの瞳が、中空に何かを捉えたように焦点を結んだ。
虚ろであった表情に心が宿り、そして唇が言葉を紡ぐ。
「呪式、発動します」
傍らでオルガを見下ろしていたアルベルトは、その言葉に満足そうに頷いた。
「相手は誰だね?」
アルベルトの言葉は、オルガに届いているのかどうか。
だが、返答はあった。
「言霊の騎士です」
それはまるで、神霊を身に宿した巫女のように。
意識は覚醒と瞑想の狭間にありながら、現実と夢幻の双方を見、感じ、そして伝える。
「銀の髪をした、言霊の騎士。 森羅万象を機霊によらずして、支配する異能の王」
オルガの言葉は、曖昧な世界を無理やり型にはめたようであった。
多くの解釈を含み、断定を避け、戯曲のように読み手に決断を委ねる霞のような言葉。
「オルガ」
アルベルトは柔らかい髪に手を置き、幼くして機呪システムを支配するだけのを持った少女に語りかける。
「お前の能力は、とても残酷だね」
アルベルトの言葉にも、オルガは目だって反応を示さない。
恐らく、今のオルガはアルベルトの存在にさえも気づいていないのかもしれない。
有機物と無機物の境界線を曖昧にし、それによって両者を呪的結合関係に置くこと。
それこそが、オルガの能力であった。
故に、自らの意識を既存のコンピュータシステムに同化させ、人間の意識レベルの速度での操作、検索を行うという能力は副次的なものであった。
「それでは、こちらも動くことにしよう」
アルベルトは手にしたステッキを振り上げると、空中で幾度か手首を閃かせた。
ステッキの先端は空中に紅の文字を描き出し、それが火花を散らして消えると共に、素早く舞い飛ぶ光の珠を生み出す。
「天空の決戦は任せた……では、伝言を頼みます」
アルベルトは珠に向き直り、そして呪を紡ぐ。
「モルガン、幻惑の衣を脱ぎ捨てよ」
謎かけのようなその言葉を抱き、光の珠は眼前で掻き消えた。